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2011年 04月 26日
2008年にまとめられた「国際放射線防護委員会」レポート111号「原子力事故もしくは緊急放射線被ばく後の長期汚染地域住民の防護に関する委員勧告」(注1)が、2011年4月4日付けで特別無償配布されています。
注1: ICRP Publication 111, Application of the Commission's Recommendations to the Protection of People Living in Long-term Contaminated Areas after a Nuclear Accident or a Radiation Emergency. http://www.icrp.org/publication.asp?id=ICRP%20Publication%20111 このレポートは、適応される状況が異なる「緊急時被ばく状況における放射線防護に関する委員勧告の適用」(ICRP 109)とともにまとめられました。現在、そして今後の福島第一原発事故による放射線被ばくと、どう向き合うかを考える上で大変参考となるレポートです。 福島第一原発事故は、まだ予断を許さない状況です。しかし、近隣の住民は生活を営みつつ、復興を目指しながら、放射線防護と取り組んでいかねばなりません。そのためには、専門家集団のほか、自治体とともに、政府や関係機関の援助が不可欠です。 過去の原発事故でもそうでしたが、今回の福島第一原発事故でも、その近隣の住民のみなさんは、できることなら、その地を離れなくてすむことを願っておられる方が多いと思います。さらに、土地利用や生活様式に制限が課せられる場合であっても、長期的に、できる限り当たり前の日常を送りたいと、望んでいる方もおられると思います。自分の生活を続けることを望み、そうするためであれば困難を乗り越えようと努力されることでしょう。 このレポートは、その手引きとなります。そして、この手引きを活用しながら、適切に今回の事態と向き合えば、原発近隣の住民の方の健康被害(放射線による直接的な悪影響だけではなく、食品不足による健全な食生活が送れない、適度な運動をしない、など、付随する影響)を避けることができるのではないかと考えられます。 また、原発近郊に居住されている方と、東京など、原発から離れた地に住む市民では、それぞれ置かれている環境が異なります。しかし、原発災害からの復興のために、「放射線防護の考え方」を全日本国民が共有する必要があります。 そのため、私たちteam_nakagawaは、なるべく多くの方に、この「ICRP 111」を読んでもらいたいと考え、独自に日本語訳を進める一方、ICRPから翻訳・出版権を取得された日本アイソトープ協会に、日本語訳(暫定版)の公開をお願いしてきました。4月20日、暫定翻訳版が公開されました。(注2) 注2: http://www.jrias.or.jp/index.cfm/6,15092,76,1,html 暫定版とは言え、今回、日本アイソトープ協会から、邦訳が公開されたことは大変大きな意義を持ちます。いま福島原発とその周辺地域で進行中の事態をどう捉えるか、どんな施策を講じるべきか、留意すべき点には何があるのか、それらについて、たいへん有益なレポートだからです。チェルノブイリ原発事故などの経験を通して人類が蓄積してきた英知に満ちたものだと言えるでしょう。 ただ、翻訳のせいではなく、もともと(放射線防護に関わる)かなり専門的な文書であるため、一読してもなかなか理解できない、というご意見をいただきました。そこで、今回の状況に合わせ、私たちなりにポイントを整理いたしました。以下、一種の「サマリー」と受けとめていただければと存じます。 --------------------------------------------------------------------------- ポイント①──「緊急時被ばく状況」から「現存被ばくの状況」へシフト ・「緊急時被ばく状況」とは、高いレベルの放射線被ばくが生じる可能性があり、国(政府)によって緊急的な避難や待機が行われるべき状況(避難区域、計画的避難区域など)を指します。現時点で、原発周辺の地域が置かれている状況です。 ・ 「現存被ばく状況」とは、被ばく事故直後の「緊急時被ばく状況」に続く、復興途上の状況であり、まさに、今後、福島県民、そして日本人が直面することになる事態です。避難区域外の地域と今後想定される“避難指示が解除された地域”などを指します。 ・「ICRP 111」レポートでは、後者の「現存被ばく状況」における放射線防護についての考え方がまとめられています。まさに、今の日本人に必要は“手引き”だと言えます。 補遺)3月15日以降、放射性物質の大気中への大量飛散が抑えられており、避難区域外や警戒区域外では、学校がスタートするなど、震災や原発事故に影響された生活の改善が進められています。したがって、国(政府)は現在、放射線量が通常より高い居住可能地域を「現存被ばく状況」にある、と判断していると考えられます。福島第一原発事故は、いまだ原子炉のコントロールができていない状況下にありますが、大気中への大量飛散が抑えられている点や事故から1ヶ月以上経過している点を踏まえ、「緊急時被ばく状況」から「現存被ばくの状況」へシフトが重要なポイントとなります。 ポイント②──個人線量による被ばくの管理 ・被ばくレベルは“個々人の行動(生活、食習慣、避難の仕方など)”によって、ほぼ決定されますので、“平均的な被ばく”を想定した管理方法は不適切です。個々人の被ばく量、もしくは、さまざまな被ばくグループに応じたきめ細かな対応が必要になります。(コストをどこまでかけられるかは別の議論になりますが、例えば住民への個人線量計の配布などは、これに含まれるでしょう)。 ポイント③──「防護方策の最適化」と「防護方策の正当化」が大事 ・「防護方策の最適化」とは、被ばくがもたらす不利益と、関連する経済的・社会的要素(避難生活、収入面、生き甲斐・誇り、などなど)とのバランスにより、最適な放射線防護の方策が決められるべきだということです。 ・「防護方策の正当化」とは、防護方策は、結果的には、住民に不便を要求するものになってしまいますから、被ばくによるリスクとのバランスを考慮して、“不便の強要”に、正当な根拠があることを示さなくてはならないということです。 ・防護方策を決めるにあたり、もとになったデータや想定条件は明確に示される必要があります。重要な情報はすべての関係者に提供されること、意志決定プロセスを第三者が追跡できることが前提になります。 補遺)福島第一原発事故において、現在、何が最適な(ベストな)方策か、判断することは極めて難しい課題です。例えば食品の消費者と生産者、地域住民とそれ以外の国民、それぞれの意見の共有と連帯が必要となります。 具体例を挙げると、食品の暫定規制値の決定と、それに伴う出荷制限があります。最適化方策は、“国民を放射線被ばくから防護する必要性”と、“地域の産物が市場に受け入れられ、地元経済が生き残る必要性”とのバランスを要します。このためには、繰り返しになりますが、地域住民とそれ以外の国民の意見の共有と連帯がとても大事になってくるでしょう。時として、国民一人一人が、一度エゴを捨てて、まとまる必要があると思います。 また、参考レベルを設定した個人被ばくの管理、就労時間、学校での校庭の使用時間の制限なども、最適化のプロセスを踏んで実施されるべきです。 また、防護方策の実施は固定されたものではありません。状況を踏まえて、必要ならば、修正をしていくことで、その時々の状況において最適な(ベストな)放射線防護の方策が、その都度、練られ・合意され・実施されていくものでなければならないと思います。 ポイント④──参考レベル 参考レベルとは、それを超えたら、避難などの対策を実行すべき放射線量のことです。ICRPでは、参考レベルを1 mSv-20 mSvの低い部分から(可能ならできるだけ低く)設定されるべきであり、設定にあたっては、「外部被ばく」「内部被ばく」双方による推定値がそれを下回るようにすべきです。長期には1 mSv/年が参考レベルとなります。(現在の法的な“公衆の被ばく限度”が1 mSv/年です)また、参考レベル以下であっても、さらに放射線量を低減できる余地があれば防護措置を講じるべきだとしています。 補遺)今後の福島第一原発事故の影響を考えたときに、住民の放射線被ばくによる「リスク」と「地域住民(その地に留まり、生活を続けたい)の意向」のバランスにより、避難区域や警戒区域、基準となる参考レベルなどが設定され、状況に応じて改正されていかなければなりません。 100 mSvの被ばく量の蓄積で、最大0.5%程度の「発がん」のリスクが上昇します。100 mSv未満の蓄積による「発がん」のリスクについて、科学者の間でも、一致した見解が得られていません。 参照レベルを「1 mSv-20 mSvの低い部分から(可能ならできるだけ低く)選定されるべき」とするのは、不必要な被ばくを抑えることを前提としつつも、設定された参照レベル以下の被ばく量であれば、それによる「発がん」のリスクをはるかに上回るメリットが、その地域に留まることで得られる(もしくは、他の地域へ避難するリスクより小さくなる)ということを意味しています。 不必要な被ばくを抑えることは、放射線防護の基本です。原発事故による住民の被ばくを極力さける努力は継続しなければなりません。一方で、現在置かれている放射線によるリスクを理解した上で、その地で普段通りの(もしくは放射線防護の取り組みを取り入れた)生活の営みを選びたいという方は、決して少数派ではないと思います。その際には、年齢などを考慮する必要もあるでしょう。 ポイント⑤──住民の参加(自助努力による防護策) ・住民は、放射能及びその影響について、当然ながら、不安に思います。自助努力による防護策とは、生活環境に存在する放射線からの防護(周辺の環境や食品から被ばくなどからの防護)、また、住民自身の被ばく状況の管理(内部被ばくや外部被ばく)、子供たちや老人へのサポート、そして、被ばくを低減するよう、生活を復興環境に適応したものにしていく仕組み(生活しながら放射線防護策を講じること)です。 ・地域住民のみなさんは、地域評議会などに、進んで参加し、コミットしていくべきです(国や県はそうした組織の設立を推進すべきでしょう)。 ・ 放射線防護策の計画策定に、住民のみなさん自身が関与することが、持続可能なプログラムを実施していく上で重要です。(政府が、プログラムを上から押しつけるのではダメ) ポイント⑥──当局(国や県)の責任 ・被ばくが最も大きい人々を防護するとともに、あらゆる個人被ばくを可能な限り低減するための「放射線防護策」の策定とその根拠を示すこと。 ・居住地域を決め、その地域における総合的な便益を住民に保証する責任。 ・個人被ばくの把握、建物の除染、土壌及び植生の改善、畜産の変更、環境および農産物のモニタリング、安全な食料の提供、廃棄物の処理、さまざまな情報提供、住民へのガイダンス、設備の提供、健康監視、子供たちへの教育 ・被ばく量についての参考レベルの設定。 ・住民の健康や教育を担当する専門家たちに対して、「実用的な放射線防護」の考え方が理解されるよう働きかけること。 ・代表者や専門家(医師、放射線防護、農業など)が参加する地域評議会を推進していくこと。 このレポート「ICRP 111」は、原発事故等に際して、想定しうる多様な事象が考慮されているため、書き方が非常に抽象的になっています。このレポートをもとに、具体的な政策・施策をどう策定していくかは、私たち日本国民に委ねられています。 4月22日日午前0時、福島第一原発から半径20キロ圏内は、災害対策基本法に基づく「警戒区域」に設定されました。原則的な立ち入り禁止区域が、これだけ広範な生活圏に指定されたことの意味は大きいと考えます。 また、半径20キロ圏外の地域に目を転じれば、放射線の年間積算量が20ミリシーベルト以上に達すると予測される地域が「計画的避難区域」に指定されました。さらに、20キロから30キロ圏内の一部の地域に対しては、「緊急時避難準備区域」と指定され、この地域には、緊急事態に備えて、屋内退避や避難の準備を求める、とされます。 私たちは、「ICRP 111」が説くように、そうした地域の住民のみなさんの意向に耳を傾け、それを最大限、尊重することが非常に重要だと思います。また、専門家を交え、健康、環境、経済、心理、倫理などが複雑に絡まり合う問題に、合意が形成できる答えを、早急に出さなければならない、とも感じています。 そして、まずなによりも、政府及び関係機関は、地域の住民のみなさん、そして全国民に、長期的な放射線防護の戦略を具体化し、わかりやすく説明すること(そして私たち専門家も、国とは独立に積極的に関与すること)がとても重要であると考えています。 #
by teamnakagawa
| 2011-04-26 13:43
| 住民の被ばく
2011年 04月 21日
福島第一原発の事故により、野菜や水道水に放射性ヨウ素(I-131)が検出され、大きな話題となりました。原発から大気中に放出されたI-131が、風に乗って各地に運ばれ、さらに雨と一緒に、畑や河川に降ったことが原因です。
I-131による「内部被ばく」で、がん、とくに甲状腺のがんが増えるのではないかという無用の懸念も広がりました。 たしかに、チェルノブイリでは、住民の避難や食品規制の乱れなど、不適切な対応があり、小児の甲状腺がんが増加しました。これまでの原発事故で、がんの増加が認められた唯一の例が、この甲状腺がんです。(放射性ヨウ素について4/8まとめも参照ください) しかし、逆に、同じI-131が甲状腺がんの治療に利用されることもあります。私たちのチームでも、I-131を使った甲状腺がんの治療を年間、60-70名ほどの患者さんに行っています。 私たちのカラダは、おもに、水素、炭素、窒素、酸素といった“軽め”の元素からできています。原子番号で言えば、水素=1、炭素=6、窒素=7、酸素=8といった具合です。この点、ヨウ素は例外で、原子番号=53と、“重い”元素です。そして、体内にはほとんど存在しません(成人でわずか15-20mg)。 人間のカラダのほとんどの細胞は、ヨウ素を利用することはありませんが、甲状腺の細胞だけは、甲状腺ホルモンの合成のためにヨウ素を必要とします。 この甲状腺ホルモンは、細胞の代謝を促進します。車にたとえると、アクセルの役割を果たすホルモンで、進化的にみても、魚類以降のすべての脊椎動物に欠かせないものです。ちなみに、オタマジャクシからカエルへの“変態”を起こさせるのも、甲状腺ホルモンです。 甲状腺ホルモンの分子を1つ作るのに、3個もしくは4個のヨード原子が必要です。甲状腺の細胞は、ヨウ素を取り込み・貯蔵する機能を持っているのです。甲状腺の細胞だけがヨウ素を細胞内に取り入れるという性質を、がん治療に応用したものが「放射性ヨウ素内用療法」です。 なにやら、難しそうな治療ですが、実は非常に単純で、I-131を小さなカプセルに入れて、患者さんに口から飲んでもらうというものです。 元素は、“放射性”であろうとなかろうと、生体内の振る舞いなど、物質としての性質は変わりません。甲状腺細胞にとっては、I-131と通常のヨウ素(I-127)を区別はできないため、I-131を投与すると、通常のヨウ素と同じように、甲状腺細胞に取り込まれることになります。 どの臓器のがんでも言えることですが、がん細胞は、自分が生まれた臓器の細胞としての性質を受け継いでいます。甲状腺がんの細胞は、正常の甲状腺細胞から発生しますから、もともとの性質、つまり、ヨウ素を細胞内に取り込むという性質を持っています。投与されたI-131は、甲状腺のがん細胞内にも蓄積されることになります。 しかし、“甲状腺出身”だといっても、甲状腺がんの細胞は、甲状腺の正常細胞ほど、“本来の”機能を保持してはいません。日本生まれでも、長く海外で暮らすと日本語が下手になるようなものです。 甲状腺がんの他に、正常な甲状腺の組織が残っていると、投与されたI-131の大半が、甲状腺細胞に取り込まれてしまい、がん細胞への蓄積が見られず、“抗がん効果”も期待できません。このため、放射性ヨウ素内用療法は、手術で甲状腺を“全摘”した患者さんが対象となります。また、I-131のカプセルを飲む前に、海藻などの摂取をひかえる「ヨウ素制限」を行います。甲状腺がんの細胞が、ヨウ素に“飢えた“状態にしておくためです。 この3月後半に、メディアなどで、「安定化ヨウ素」が話題になりましたが、これは、放射線を出さないヨウ素(I-127)を製剤化したもので、甲状腺細胞を“満腹”にしておき、I-131を取り込まないようにする「被ばく予防法」です。 I-131は、主に、飛程(注1)が数ミリの「ベータ線」(ウィキペディアリンク)を放出します。I-131が、甲状腺がんの細胞に取り込まれれば、がん細胞だけが、“選択的に”、かつ、“内部から”攻撃を受けることになります。甲状腺がんだけを“ピンポイント”に照射できるのです。 注1: 飛程とは、ベータ線が物質(ここでは甲状腺)にぶつかってから、完全に停止するまでの距離のことです。I-131(放射性ヨウ素131)から出るベータ線の場合、その飛程は約2mmです。 I-131によって、小児の甲状腺がんが増え、同じI-131でその甲状腺がんを治療することもあるわけです。なんだか、考えさせられます。 また、I-131内用療法は甲状腺がんの他に、バセドウ病(甲状腺機能亢進症〔こうじょうせん・きのう・こうしんしょう〕)の治療にも使用されます。バセドウ病は、甲状腺細胞の働きが活発になりすぎて、甲状腺ホルモンが必要以上に産生されておこる病気です。 バセドウ病では、内科的治療(注2)が、まず行われますが、うまくいかない場合、I-131を甲状腺細胞に取り込ませて適度のダメージをあたえ、作られるホルモンの量を調整するか、手術で甲状腺を切除します。日本では、手術されるケースの方が多いのですが、海外では、I-131内用療法の方が一般的です。 注2: 内科的治療では、メルカゾールなどの抗甲状腺剤を併用します。1か月くらいで自覚症状は良くなりますが、長期間継続して服用する必要があります。白血球の数が低下するなどの副作用で服用を続けられない場合もあります。 なお、I-131内用療法で使われる放射線の量ですが、甲状腺がんの治療では、3.7~7.4 GBq(1 GBq=1,000,000,000 Bq=10億Bq)を投与しています。これは、福島第一原発で問題となっている、I-131の飲料水1kgの暫定規制値300 Bqと比べて1千万~2千万倍に相当します。(水の量で言えば、1万~2万トン!)バセドウ病でも、甲状腺がんの10分の1くらいの放射線量を使います。 ちなみに、甲状腺がんやバセドウ病のI-131内用療法による長期的な副作用を心配される方もいるかもしれません。がんの治療では、まずは、“今そこにある病気”の治療が最優先されます。しかし、バセドウ病は、“良性疾患”で、治療後も、長生きされる患者さんが多いため、I-131による“2次発がん”の危険性が危惧(きぐ)されてきました。 しかし、これまでのデータでは、I-131内用療法後の追跡調査で、奇形児が生まれる頻度は一般人と同じであることが確認されています。また、各種発がんの頻度もほとんど増加しない(増加したとしてごくわずか)と報告されています。(注3) 注3: JAMA. 1998 Jul 22-29;280(4):347-55. #
by teamnakagawa
| 2011-04-21 08:20
| 放射線治療とは
2011年 04月 15日
福島県から避難してきた子供たちが、避難先で偏見を持たれるケースが生じています。一時帰宅された方の受け入れを、避難所などで問題にするケースもあるようです。拒否された方々は、深い心の傷を負うことでしょう。また、心ない言葉をかけた方々のことを想像すると、その人々が、よくわからない放射能の不安から、過剰な反応をしてしまうことも理解できます。
放射線や放射性物質は目で見ることができず、一見影響も全く見えません。このことが不安を大きくしてしまう原因の一つであると思います。そして、放射能への偏見や風評が広がることが被災地の復興・復旧に大きな影響を及ぼします。今私たち(特に大人)は、放射線を“正しく”怖がることが必要です。 私たちteam_nakagawaは、放射線治療のチームです。患者さんに治療として与える放射線は、福島第一原発敷地内で観測されている放射線よりも何倍も強力です。ですが、患者さんの体の外から放射線を与える(照射する)場合、治療後に患者さんにいくら近づいても、私たちやご家族などが被ばくすることは決してありません。 また、放射線の照射以外にも、放射線治療や診断では、さまざまな放射性物質を患者さんに投与しています。今回の原発事故で話題となった放射性ヨウ素131も、甲状腺がんやバセドウ病の治療として患者さんに内服してもらうことがあります。これは言わば“内部被ばく”です。 放射線治療の“内部被ばく”の量は、今回、それが最も高いと考えられる福島第一原子力発電所作業員の方々の内部被ばくよりも桁違いに大きいと考えられます(甲状腺がん治療で1回最大3,700,000,000 Bq(ベクレル)。これは飲料水1kgの暫定規制値300 Bqの1千万倍です。)。その場合でも、投与直後(注1)を除き、私たち治療チームが、患者さんに尽きっきりで世話をすることに全く問題が生じません。 注1: 患者さんは、放射性ヨウ素131を内服後、別部屋に居てもらいます。患者さんの体表面から1メートルの地点で測定された線量率が、1時間あたり30 μSv(マイクロシーベルト)以下であれば、退出・帰宅が認められます。バセドウ病の患者さんで即日、甲状腺がんの患者さんで3日程度です。 避難区域に長く滞在していたとしても、現在の内部被ばく量は、放射線治療に比べれば本当に“微々たるもの”です。それによって、周囲の方々が被ばくするようなことなど、決してないことがお分かりになると思います。(もちろん、避難されている方々の放射線による健康被害を考える必要はない、などと私たちが主張しているのではありません。) 環境放射線測定データを見る限り、3月15日以降、大規模な放射性物質の放出はありません。放射線の強さは各地で横ばいか減少傾向にあります。 原発から飛散した放射性物質は、自然に、もしくは雨によって地面に落ちてきます。今、測定されている放射線は、ほとんど地面や草木、壁にくっついた放射性物質から放たれています。一方、大気中の放射性物質は、ほとんど気にする必要がないくらい少なくなりました。 したがって今観測されているデータに基づけば、避難区域に一時帰宅したくらいでは、その方に放射性物質が大量に付着することは有り得ないことがわかります。一時帰宅された方と接触したからといって、その方から(得体の知れない“放射能”は言うまでもなく)大量の放射性物質を受け取ったりすることもありません。 私たちteam_nakagawaは、放射線治療のチームであるため、今回の事故を医療被ばくと比較しがちです。しかしながら、“医療被ばくとは何が違うのか?”のところでも書きましたが、医療被ばくにはメリットがある一方で、原発事故による被ばくにはメリットがありません。その上、多くの方々を不安にさせ、その心(特に子供たちの心)に深い傷を負わせた今回の福島第一原発事故を、一刻も早く収束させて欲しいと思っています。 #
by teamnakagawa
| 2011-04-15 18:30
| 住民の被ばく
2011年 04月 14日
私たち、東大病院放射線治療部門のチームでは、白血病など「血液のがん(注1)」の骨髄(こつずい)移植を成功させるために、体全体に放射線を照射する全身照射を行っています。
注1: 「がん」には、胃がんや肺がんのように臓器にできる「がん」の他に、白血病のように血液の細胞から発生する「がん」があります。このような血液の細胞由来の「がん」を「血液のがん」と呼びます。 放射線に対する強さは臓器によって異なります。骨髄や腸管のように放射線の影響を受けやすい臓器と、筋肉や神経のように放射線に対して比較的強い臓器があります。一般的に、放射線治療では放射線に弱い臓器にあたる放射線を最小限にし、がんの病巣(びょうそう)に集中して放射線を照射することで、体に優しいがん治療を行っています。 骨髄移植の前に行う全身照射は、体全体に均等に放射線を照射する点で他の放射線治療と大きく異なります。全身照射の目的は、白血病細胞を完全に消失させることと、患者さんの免疫力を一時的にノックアウトして、他人の骨髄を自分の臓器として受け入れるようにするためです。 私たちのチームでは、1回2 Gy(グレイ)で、1日2回の照射を3日間連続して行い、合計12 Gyを全身に照射しています。(全身照射の1 Gyは実効線量の1 Svと等しいため、12 Gyとは1,200万μSvに相当します。)この放射線の量は東海村のJCO臨界事故による被ばくでお亡くなりになった2人の作業員の方の被ばく量(1,800万μSv、800万μSv)に匹敵します。また、福島第一原子力発電所の事故の対応をしている作業員の緊急時被ばく限度(250 mSv)の約50倍に相当します。 しかし、全身照射で白血病が完治した患者さんの多くが、社会復帰されてます。それでは、このように大量の放射線を全身に被ばくしてもどうして元気でいられるのでしょうか? その理由の一つは、抗がん剤と放射線により消失した患者さんの骨髄の代わりに、治療の目的である骨髄が移植されるからです。もう一つは12 Gyの放射線が、1回ではなく6回に分けて照射されるためです。放射線の影響は一度に短時間であたるのか、時間をかけてゆっくりあたるのかで、体への影響は大きく異なります。 それでは、どうして短時間であたるのと時間をかけてゆっくりあたるのとでは、体に対する放射線の影響が変わるのでしょうか? それは、細胞には放射線による障害を修復する力があるからです。 一度に大量の放射線があたると細胞の修復能力を超えて細胞が障害を受けるため、死亡する細胞の数が増えていきます。そして、放射線の量が増えて、日常的な“自然死”をはるかに上回る数の細胞が死ぬと、「確定的影響」が起こります。この放射線量が「しきい値」です。 一方、ゆっくり放射線があたった場合は、放射線によりDNAの障害が発生しても同時に修復作業も行われるため、細胞が生存しやすくなります。 (詳しくは[がんの放射線治療──その1 イントロダクション]を参照してください。) 福島第一原子力発電所の事故の影響で、環境中の放射性物質が増加し、一部の地域で放射線量が増加している影響や、放射性物質に汚染された食品が体内に入ることで生じる放射線の影響(内部被ばく)は、“非常に”「ゆっくり放射線があたる場合」に相当します。 一方、放射線によるヒトの発がんリスクの評価のもとになったデータは、広島と長崎で原子爆弾によって被ばくした住民のその後の調査が中心になっています。そのため、現在の制限値は、比較的短い時間にあたった放射線の影響を元に定められています。また、がん死亡の増加が確認されているのは150 mSv以上です。(注2) 注2: 「放影研のこれまでの調査で明らかになったこと」放射線影響研究所 http://www.rerf.or.jp/rerfrad.pdf) 少なくとも、放射線被ばくによるヒトの発がんに関して、100 mSv(10万μSv)以下の放射線被ばくや、ゆっくり放射線があたる時の修復の程度についてはっきりした証拠はありません。つまり、“ゆっくりと”100 mSvの被ばくをした場合に、発がんの危険が0.5%増えるのではなく、多く見積もっても0.5%までは増えないということを意味しています。残念ながら、100 mSv以下の被ばくの場合、これ以上、詳しいことはわかっていません。 さて、話を全身照射に戻します。全身照射の副作用は、治療開始直後に生じる放射線宿酔(船酔いのような症状)と、治療終了後、半年~1年後に生じる白内障が知られています。若い女性の場合は、全身照射を行う時に、直接卵巣に放射線があたらないように鉛でブロックすることで、12シーベルトという極めて高い放射線による全身照射後でも生殖能力を保てる場合があります。実際、私たちチームの経験でも、妊娠・出産が可能になった症例もあります。(注3) 注3: Nakagawa K, Kanda Y, Yamashita H, Nakagawa S, Sasano N, Ohtomo K, Oshima K, Kumano K, Ban N, Nannya Y, Kurokawa M, Chiba S. Ovarian shielding allows ovarian recovery and normal birth in female hematopoietic SCT recipients undergoing TBI. Bone Marrow Transplant. 2008 Nov;42(10):697-9. (リンク:http://www.nature.com/bmt/journal/v42/n10/pdf/bmt2008234a.pdf) 全身照射と骨髄移植によって、白血病は不治の病ではなくなりました。しかし、12シーベルトを全身に被ばくすることになりますから、治療後に別のがんができる危険は高まります。実際、骨髄移植後の発がんについても、移植後10年の間に約2~4%の患者さんに、悪性リンパ腫や白血病など発生すると報告されています。ただし、これらの血液のがんの発生は、全身照射の影響よりも移植後に用いる免疫抑制剤(臓器移植にともなう拒絶反応の防止のための薬剤)の影響の方が強いだろうと推測されています。(注4) 注4: Majhail NS, Brazauskas R, Rizzo JD, Sobecks RM, Wang Z, Horowitz MM, Bolwell B, Wingard JR, Socie G. Secondary solid cancers after allogeneic hematopoietic cell transplantation using busulfan-cyclophosphamide conditioning. Blood 2011; 117(1): 316-322. 「レベル7」の今回の福島第一原発の事故でも、全身にシーベルト単位の被ばくをすることなど、もちろんあり得ません。その一方で、私たちのチームは全身照射(12シーベルト)といった、桁違いの放射線の医学利用を日常的に行っているのです。そして、こういった量の放射線を照射した場合でも、発がんのリスクは、「白血病の完治」という“利益”と比べて非常に低いと言えるのです。 #
by teamnakagawa
| 2011-04-14 21:29
| 放射線治療とは
2011年 04月 11日
私たち“team_nakagawa”は、東大病院で、がんの放射線治療を行っているチームです。私たちの本業の放射線治療を直接に通して、福島原発の事故で懸念されている放射線被ばくの問題を考えてみたいと思います。
“放射線治療シリーズ”の初回は、総論にあたる「イントロダクション」です。このあと、前立腺がん、白血病、甲状腺がん、などの放射線治療について、順次、解説をしていきます。一見、関係が薄いように見える、放射線治療と原発事故ですが、密接な関係があることを知っていただければと思います。 * * * * * * * * * 放射線は細胞内のDNAに傷を作ります。DNAは細胞を作る設計図面のようなものですから、DNAに傷が作られると、その細胞は生きてゆけなくなる可能性があります。 ただし、DNAに書き込まれた設計図にも重要な部分とそうでない部分があり、実は、重要な部分はごくわずかしかありません。たとえば家の設計図面でも、家の強度を保つための土台や柱・梁に関する情報のような重要な部分だけでなく、ひさしの大きさや壁の塗装といった、居心地の良い家にするために必要だが、なくても住むには困らないものについての情報も載っているのと同じです。 正常な細胞には、傷をうけたDNAを修復する機能があり、100-200 mSv〔ミリシーベルト〕以下の放射線量であれば放射線で受けた傷のほとんどは、わずか2時間以内で修復されてしまうことがすでに知られています。 さらに、傷を治せなかった細胞には、自殺(アポトーシスと呼ばれています)することによって、傷の残った細胞が増えてゆくのをふせぐ機能もあります。 また、傷が残ってしまっても、それが特に重要なもの(細胞の生存に支障をきたすもの)であれば、多くの場合は自然に細胞が分裂できなくなって死んでしまいますし、重要でない部分であればDNAに傷が残っても何の支障もありません(重要でない部分のDNAの傷は、生物の進化や多様性の起源であり、決して悪いことではありません)。 DNAにできる傷のうち問題になるのは、細胞分裂をコントロールする遺伝子(がん原遺伝子やがん抑制遺伝子がその代表例)に傷が残ってしまった場合です。その結果、細胞が分裂速度のコントロールを失って、際限なく細胞分裂が繰り返されるようになった状態が「がん」という病気なのです。 ちなみに、実際、毎日多数のがん細胞が、私たちの体内に生まれていますが、できたばかりのがん細胞は、体の中にある免疫細胞によってほとんどが殺されてしまいます。しかし、年齢とともに、DNAの傷が積み重なることで、がん細胞の発生数が増えていき、一方で、免疫の働きは衰えていきます。このため、年齢とともに、がんは増えていきます。がんは「老化の一種」だと言えます。 今や、日本人の約半分ががんになり、約3分の1はがんで死亡しています(注1)これの数字は世界のトップクラス。がんは、一種の老化ですから、世界一の長寿国であるわが国は、世界一の「がん大国」なのです。 注1: 最新がん統計(国立がん研究センターがん対策情報センター) http://ganjoho.ncc.go.jp/public/statistics/pub/statistics01.html 生命誕生以来、38億年ものあいだ、自然放射線とつきあってきた私たちの細胞には、DNAの損傷を修復する機能があります。1日に数ミリシーベルト以下の低い線量率(単位時間あたりの被ばく量)で、放射線を受けている場合には、傷がごくわずかなうちに、DNAの修復メカニズムが働き、DNAの傷を治してくれますので、放射線の総量(注2)が数Sv(シーベルト)になっても、まったく症状は現れないか、あってもごくわずかです(注3)。 注2: 外部被ばくと内部被ばくによって、体内に蓄積される放射線の総量。 注3: 電中研ニュース401((財)電力中央研究所) http://criepi.denken.or.jp/research/news/pdf/den401.pdf しかし、一度に大量の放射線を浴びた場合には、DNAにできる傷の数も多くなるために、傷をうまく治せずに死ぬ細胞が多くなります。その放射線量が250 mSvのレベルを超えると、白血球の減少といった検査異常(確定的影響)が現れます。 つまり、放射線量が同じであっても、一度に(短時間に)まとめて放射線を浴びた場合と何回にも分けて(長い時間をかけて)ゆっくり放射線を浴びた場合とでは、症状の現れ方がまったく異なります。これを放射線治療の実践から紹介したいと思います。 実際、人間は全身に4 Gy〔グレイ〕(4 Sv = 400万μSv)の放射線を一度に浴びると、60日以内に50%が死亡するといわれていますが、私たちががんを治すために患者さんに投与する放射線量は多くの場合、50~80 Gy〔グレイ〕(50~80 Sv = 5,000万~8,000万μSv)という量になります。それでも、患者さんは、日常生活を続けながら外来通院で放射線治療をすることができます。 これほどの大線量の放射線を、患者さんに治療として投与できるのは、何回にも分けて放射線をかけていることと(ふつうは1回あたり2~3 Gy〔グレイ〕 = 2~3 Sv = 200万~300万μSv)、全身ではなく必要な範囲だけに放射線をかけていることが大きな理由です。 ちなみに、がん細胞ではDNAを修復する機能が失われているか、少ししか残っていないため、放射線を分割しても一度にまとめてかけても、正常細胞ほど大きな違いが出ないのです。 放射線を何回にも分けて照射することを「分割照射」といいます。この分割照射によって、正常な細胞の放射線によるダメージを回復させながら、がん細胞をたたくことができるのです。よく、患者さんに、「何週も通うのは大変だ」と言われますが、分割して照射することで、放射線治療は「カラダにやさしいがん治療」になっているのです。 一方、放射線治療の副作用は、放射線が、かかる範囲によってもちがってきます。最近テレビや新聞記事などでも多く取り上げられるようになっている「ピンポイント照射」という方法を使えば、8~20 Gy〔グレイ〕という大線量の放射線を1回で照射することもできます。 仮に、がん細胞だけに完全に放射線を集中することができれば、放射線を無限にかけることができます。副作用はゼロで、がん病巣は100%消失することになります。今でも、この「理想」は夢ですが、かなり現実的になってきました。そして、「ピンポイント照射」を支えるのが、私たちのチームの要である医学物理士(医学物理学とは)です。 実際に、ガンマナイフという治療装置を用いたパーキンソン病に対する「定位的視床破壊術」では、きわめて限られた範囲に130 Gy〔グレイ〕という超高線量を1回で照射することもあります。この放射線は、もし全身に浴びれば数日後には死亡してしまうほどのものです。 3月24日に、福島第一原発3号機で、作業者3名が、足に2~3シーベルトの高線量被ばくをしたと報じられています。放射線皮膚炎の「しきい値」以下と思われますので、症状が出る可能性は高くありません。実際、3人は、元気に退院されています。しかし、全身に2~3シーベルト被ばくしていれば、命に関わっていたはずです。【全身被ばくと局所被ばくを参照】 このように、放射線の量が多くても、放射線がかかる範囲が小さければ、また、照射されるのに要する時間が十分に長ければ、身体への影響はほとんどみられません。このことを、私たちチームは、毎日の診療のなかで経験しています。そして、それは、今回の原発事故を考える上でも非常に重要です。作業員と住民の被ばくを分けて考える必要性もよくわかると思います。 今回の原発事故でも、避難地域の外側の地域では、1時間あたりの放射線量は医療で使用するものに比べ、はるかに少なくなっています。以前書いているように、放射線量がしっかりモニタされ、その放射線量に応じて適切に対処することは大変大事です(注3)。そうしたことを実践してゆくことで、一般市民の健康被害の影響を避けることが可能となります。 注3: 4月7日に報じられた原子力安全委員会の政府への提言では、「現在の避難などの考え方を見直し、周辺住民の年間の被ばく量が20ミリシーベルトを超えないように避難指示などの対策を行うべき」としています。 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110407/k10015147371000.html #
by teamnakagawa
| 2011-04-11 18:56
| 放射線治療とは
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