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2011年 04月 14日
私たち、東大病院放射線治療部門のチームでは、白血病など「血液のがん(注1)」の骨髄(こつずい)移植を成功させるために、体全体に放射線を照射する全身照射を行っています。
注1: 「がん」には、胃がんや肺がんのように臓器にできる「がん」の他に、白血病のように血液の細胞から発生する「がん」があります。このような血液の細胞由来の「がん」を「血液のがん」と呼びます。 放射線に対する強さは臓器によって異なります。骨髄や腸管のように放射線の影響を受けやすい臓器と、筋肉や神経のように放射線に対して比較的強い臓器があります。一般的に、放射線治療では放射線に弱い臓器にあたる放射線を最小限にし、がんの病巣(びょうそう)に集中して放射線を照射することで、体に優しいがん治療を行っています。 骨髄移植の前に行う全身照射は、体全体に均等に放射線を照射する点で他の放射線治療と大きく異なります。全身照射の目的は、白血病細胞を完全に消失させることと、患者さんの免疫力を一時的にノックアウトして、他人の骨髄を自分の臓器として受け入れるようにするためです。 私たちのチームでは、1回2 Gy(グレイ)で、1日2回の照射を3日間連続して行い、合計12 Gyを全身に照射しています。(全身照射の1 Gyは実効線量の1 Svと等しいため、12 Gyとは1,200万μSvに相当します。)この放射線の量は東海村のJCO臨界事故による被ばくでお亡くなりになった2人の作業員の方の被ばく量(1,800万μSv、800万μSv)に匹敵します。また、福島第一原子力発電所の事故の対応をしている作業員の緊急時被ばく限度(250 mSv)の約50倍に相当します。 しかし、全身照射で白血病が完治した患者さんの多くが、社会復帰されてます。それでは、このように大量の放射線を全身に被ばくしてもどうして元気でいられるのでしょうか? その理由の一つは、抗がん剤と放射線により消失した患者さんの骨髄の代わりに、治療の目的である骨髄が移植されるからです。もう一つは12 Gyの放射線が、1回ではなく6回に分けて照射されるためです。放射線の影響は一度に短時間であたるのか、時間をかけてゆっくりあたるのかで、体への影響は大きく異なります。 それでは、どうして短時間であたるのと時間をかけてゆっくりあたるのとでは、体に対する放射線の影響が変わるのでしょうか? それは、細胞には放射線による障害を修復する力があるからです。 一度に大量の放射線があたると細胞の修復能力を超えて細胞が障害を受けるため、死亡する細胞の数が増えていきます。そして、放射線の量が増えて、日常的な“自然死”をはるかに上回る数の細胞が死ぬと、「確定的影響」が起こります。この放射線量が「しきい値」です。 一方、ゆっくり放射線があたった場合は、放射線によりDNAの障害が発生しても同時に修復作業も行われるため、細胞が生存しやすくなります。 (詳しくは[がんの放射線治療──その1 イントロダクション]を参照してください。) 福島第一原子力発電所の事故の影響で、環境中の放射性物質が増加し、一部の地域で放射線量が増加している影響や、放射性物質に汚染された食品が体内に入ることで生じる放射線の影響(内部被ばく)は、“非常に”「ゆっくり放射線があたる場合」に相当します。 一方、放射線によるヒトの発がんリスクの評価のもとになったデータは、広島と長崎で原子爆弾によって被ばくした住民のその後の調査が中心になっています。そのため、現在の制限値は、比較的短い時間にあたった放射線の影響を元に定められています。また、がん死亡の増加が確認されているのは150 mSv以上です。(注2) 注2: 「放影研のこれまでの調査で明らかになったこと」放射線影響研究所 http://www.rerf.or.jp/rerfrad.pdf) 少なくとも、放射線被ばくによるヒトの発がんに関して、100 mSv(10万μSv)以下の放射線被ばくや、ゆっくり放射線があたる時の修復の程度についてはっきりした証拠はありません。つまり、“ゆっくりと”100 mSvの被ばくをした場合に、発がんの危険が0.5%増えるのではなく、多く見積もっても0.5%までは増えないということを意味しています。残念ながら、100 mSv以下の被ばくの場合、これ以上、詳しいことはわかっていません。 さて、話を全身照射に戻します。全身照射の副作用は、治療開始直後に生じる放射線宿酔(船酔いのような症状)と、治療終了後、半年~1年後に生じる白内障が知られています。若い女性の場合は、全身照射を行う時に、直接卵巣に放射線があたらないように鉛でブロックすることで、12シーベルトという極めて高い放射線による全身照射後でも生殖能力を保てる場合があります。実際、私たちチームの経験でも、妊娠・出産が可能になった症例もあります。(注3) 注3: Nakagawa K, Kanda Y, Yamashita H, Nakagawa S, Sasano N, Ohtomo K, Oshima K, Kumano K, Ban N, Nannya Y, Kurokawa M, Chiba S. Ovarian shielding allows ovarian recovery and normal birth in female hematopoietic SCT recipients undergoing TBI. Bone Marrow Transplant. 2008 Nov;42(10):697-9. (リンク:http://www.nature.com/bmt/journal/v42/n10/pdf/bmt2008234a.pdf) 全身照射と骨髄移植によって、白血病は不治の病ではなくなりました。しかし、12シーベルトを全身に被ばくすることになりますから、治療後に別のがんができる危険は高まります。実際、骨髄移植後の発がんについても、移植後10年の間に約2~4%の患者さんに、悪性リンパ腫や白血病など発生すると報告されています。ただし、これらの血液のがんの発生は、全身照射の影響よりも移植後に用いる免疫抑制剤(臓器移植にともなう拒絶反応の防止のための薬剤)の影響の方が強いだろうと推測されています。(注4) 注4: Majhail NS, Brazauskas R, Rizzo JD, Sobecks RM, Wang Z, Horowitz MM, Bolwell B, Wingard JR, Socie G. Secondary solid cancers after allogeneic hematopoietic cell transplantation using busulfan-cyclophosphamide conditioning. Blood 2011; 117(1): 316-322. 「レベル7」の今回の福島第一原発の事故でも、全身にシーベルト単位の被ばくをすることなど、もちろんあり得ません。その一方で、私たちのチームは全身照射(12シーベルト)といった、桁違いの放射線の医学利用を日常的に行っているのです。そして、こういった量の放射線を照射した場合でも、発がんのリスクは、「白血病の完治」という“利益”と比べて非常に低いと言えるのです。
by teamnakagawa
| 2011-04-14 21:29
| 放射線治療とは
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