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2011年 04月 11日
私たち“team_nakagawa”は、東大病院で、がんの放射線治療を行っているチームです。私たちの本業の放射線治療を直接に通して、福島原発の事故で懸念されている放射線被ばくの問題を考えてみたいと思います。
“放射線治療シリーズ”の初回は、総論にあたる「イントロダクション」です。このあと、前立腺がん、白血病、甲状腺がん、などの放射線治療について、順次、解説をしていきます。一見、関係が薄いように見える、放射線治療と原発事故ですが、密接な関係があることを知っていただければと思います。 * * * * * * * * * 放射線は細胞内のDNAに傷を作ります。DNAは細胞を作る設計図面のようなものですから、DNAに傷が作られると、その細胞は生きてゆけなくなる可能性があります。 ただし、DNAに書き込まれた設計図にも重要な部分とそうでない部分があり、実は、重要な部分はごくわずかしかありません。たとえば家の設計図面でも、家の強度を保つための土台や柱・梁に関する情報のような重要な部分だけでなく、ひさしの大きさや壁の塗装といった、居心地の良い家にするために必要だが、なくても住むには困らないものについての情報も載っているのと同じです。 正常な細胞には、傷をうけたDNAを修復する機能があり、100-200 mSv〔ミリシーベルト〕以下の放射線量であれば放射線で受けた傷のほとんどは、わずか2時間以内で修復されてしまうことがすでに知られています。 さらに、傷を治せなかった細胞には、自殺(アポトーシスと呼ばれています)することによって、傷の残った細胞が増えてゆくのをふせぐ機能もあります。 また、傷が残ってしまっても、それが特に重要なもの(細胞の生存に支障をきたすもの)であれば、多くの場合は自然に細胞が分裂できなくなって死んでしまいますし、重要でない部分であればDNAに傷が残っても何の支障もありません(重要でない部分のDNAの傷は、生物の進化や多様性の起源であり、決して悪いことではありません)。 DNAにできる傷のうち問題になるのは、細胞分裂をコントロールする遺伝子(がん原遺伝子やがん抑制遺伝子がその代表例)に傷が残ってしまった場合です。その結果、細胞が分裂速度のコントロールを失って、際限なく細胞分裂が繰り返されるようになった状態が「がん」という病気なのです。 ちなみに、実際、毎日多数のがん細胞が、私たちの体内に生まれていますが、できたばかりのがん細胞は、体の中にある免疫細胞によってほとんどが殺されてしまいます。しかし、年齢とともに、DNAの傷が積み重なることで、がん細胞の発生数が増えていき、一方で、免疫の働きは衰えていきます。このため、年齢とともに、がんは増えていきます。がんは「老化の一種」だと言えます。 今や、日本人の約半分ががんになり、約3分の1はがんで死亡しています(注1)これの数字は世界のトップクラス。がんは、一種の老化ですから、世界一の長寿国であるわが国は、世界一の「がん大国」なのです。 注1: 最新がん統計(国立がん研究センターがん対策情報センター) http://ganjoho.ncc.go.jp/public/statistics/pub/statistics01.html 生命誕生以来、38億年ものあいだ、自然放射線とつきあってきた私たちの細胞には、DNAの損傷を修復する機能があります。1日に数ミリシーベルト以下の低い線量率(単位時間あたりの被ばく量)で、放射線を受けている場合には、傷がごくわずかなうちに、DNAの修復メカニズムが働き、DNAの傷を治してくれますので、放射線の総量(注2)が数Sv(シーベルト)になっても、まったく症状は現れないか、あってもごくわずかです(注3)。 注2: 外部被ばくと内部被ばくによって、体内に蓄積される放射線の総量。 注3: 電中研ニュース401((財)電力中央研究所) http://criepi.denken.or.jp/research/news/pdf/den401.pdf しかし、一度に大量の放射線を浴びた場合には、DNAにできる傷の数も多くなるために、傷をうまく治せずに死ぬ細胞が多くなります。その放射線量が250 mSvのレベルを超えると、白血球の減少といった検査異常(確定的影響)が現れます。 つまり、放射線量が同じであっても、一度に(短時間に)まとめて放射線を浴びた場合と何回にも分けて(長い時間をかけて)ゆっくり放射線を浴びた場合とでは、症状の現れ方がまったく異なります。これを放射線治療の実践から紹介したいと思います。 実際、人間は全身に4 Gy〔グレイ〕(4 Sv = 400万μSv)の放射線を一度に浴びると、60日以内に50%が死亡するといわれていますが、私たちががんを治すために患者さんに投与する放射線量は多くの場合、50~80 Gy〔グレイ〕(50~80 Sv = 5,000万~8,000万μSv)という量になります。それでも、患者さんは、日常生活を続けながら外来通院で放射線治療をすることができます。 これほどの大線量の放射線を、患者さんに治療として投与できるのは、何回にも分けて放射線をかけていることと(ふつうは1回あたり2~3 Gy〔グレイ〕 = 2~3 Sv = 200万~300万μSv)、全身ではなく必要な範囲だけに放射線をかけていることが大きな理由です。 ちなみに、がん細胞ではDNAを修復する機能が失われているか、少ししか残っていないため、放射線を分割しても一度にまとめてかけても、正常細胞ほど大きな違いが出ないのです。 放射線を何回にも分けて照射することを「分割照射」といいます。この分割照射によって、正常な細胞の放射線によるダメージを回復させながら、がん細胞をたたくことができるのです。よく、患者さんに、「何週も通うのは大変だ」と言われますが、分割して照射することで、放射線治療は「カラダにやさしいがん治療」になっているのです。 一方、放射線治療の副作用は、放射線が、かかる範囲によってもちがってきます。最近テレビや新聞記事などでも多く取り上げられるようになっている「ピンポイント照射」という方法を使えば、8~20 Gy〔グレイ〕という大線量の放射線を1回で照射することもできます。 仮に、がん細胞だけに完全に放射線を集中することができれば、放射線を無限にかけることができます。副作用はゼロで、がん病巣は100%消失することになります。今でも、この「理想」は夢ですが、かなり現実的になってきました。そして、「ピンポイント照射」を支えるのが、私たちのチームの要である医学物理士(医学物理学とは)です。 実際に、ガンマナイフという治療装置を用いたパーキンソン病に対する「定位的視床破壊術」では、きわめて限られた範囲に130 Gy〔グレイ〕という超高線量を1回で照射することもあります。この放射線は、もし全身に浴びれば数日後には死亡してしまうほどのものです。 3月24日に、福島第一原発3号機で、作業者3名が、足に2~3シーベルトの高線量被ばくをしたと報じられています。放射線皮膚炎の「しきい値」以下と思われますので、症状が出る可能性は高くありません。実際、3人は、元気に退院されています。しかし、全身に2~3シーベルト被ばくしていれば、命に関わっていたはずです。【全身被ばくと局所被ばくを参照】 このように、放射線の量が多くても、放射線がかかる範囲が小さければ、また、照射されるのに要する時間が十分に長ければ、身体への影響はほとんどみられません。このことを、私たちチームは、毎日の診療のなかで経験しています。そして、それは、今回の原発事故を考える上でも非常に重要です。作業員と住民の被ばくを分けて考える必要性もよくわかると思います。 今回の原発事故でも、避難地域の外側の地域では、1時間あたりの放射線量は医療で使用するものに比べ、はるかに少なくなっています。以前書いているように、放射線量がしっかりモニタされ、その放射線量に応じて適切に対処することは大変大事です(注3)。そうしたことを実践してゆくことで、一般市民の健康被害の影響を避けることが可能となります。 注3: 4月7日に報じられた原子力安全委員会の政府への提言では、「現在の避難などの考え方を見直し、周辺住民の年間の被ばく量が20ミリシーベルトを超えないように避難指示などの対策を行うべき」としています。 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110407/k10015147371000.html
by teamnakagawa
| 2011-04-11 18:56
| 放射線治療とは
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