|
最新の記事
カテゴリ
以前の記事
検索
おすすめキーワード(PR)
ファン
|
2011年 07月 06日
がんの「基本」を数回に分けて解説しています。今回は5回目です。この「番外篇」は、今回で最後となります。(第1回、第2回、第3回、第4回)
がんは消えても患者さんは… わが国では、がんの患者さんも治療にあたる医師も、ともかくがんを治すことだけを考えてきました。完治(かんち)はもう無理とわかっていても、亡くなる前の日まで抗がん剤を使ったりするのです。 こんな例がありました。直腸がんの手術後に、肝臓(かんぞう)の転移が見つかった患者さんのケースです。ずっと強い抗がん剤の治療を受けていて、結局は副作用で白血球が減り、感染症で亡くなりました。 解剖をしたときに担当医が患者さんの奥さんに満足そうに「よかった、抗がん剤は効いていました。肝臓のがんは消えています」と言ったというのです。 がんは消えても治療で患者さんは亡くなっている、本末転倒です。 治癒率より大切なこと 現在、がんの治癒率(5年生存率)は、おおよそ5割くらいです。治療の進歩にもかかわらず、いまだに半数近くの方が命を落としています。しかし、がんで亡くなる患者さんを支える医療が、日本では十分に行われているとはいえません。 これまでの日本のがん治療の現場は、治癒率を少しでも高くすることにだけ力を注いできました。まさに、勝ち負け重視の医療です。 しかし、死に直面し、からだや心に痛みを抱えている患者さんにこそ、最高の医療が提供されてしかるべきでしょう。これこそが、「医の原点」であるはずです。 緩和ケアという考え方 欧米では、治癒できないがんや痛みなどの症状を持つ患者さんの、さまざまな苦しみを和らげることを主眼として、緩和(かんわ)ケアの考え方が確立されています。 これは、中世ヨーロッパにおいて、キリスト教の精神から、巡礼者、病人、貧窮者を救済したhospitium(ホテル、ホスピタル、ホスピスの語源)に起源を持ち、痛みなどのカラダの苦痛への対処、死の不安などの精神的苦痛への対処、遺族への対処などを行います。 一方、日本はがん治療の後進国ですが、緩和ケアはさらに遅れているのが実情です。がんの痛みを和らげることは、緩和ケアのいちばん大事な役割ですが、その主流は、モルヒネあるいは類似の薬物をクスリとして飲む方法です。 モルヒネと聞くと、薬物中毒など悪いイメージがあるようですが、口から飲んだり、皮膚に貼ったり、ゆっくり注射したりする分には安全な方法です。このモルヒネの使用量が、日本はカナダ、オーストラリアの約7分の1、アメリカ、フランスの約4分の1程度と先進国のなかで最低レベルです。 モルヒネとその関連薬物である、オピオイド(医療用麻薬)全体について言えば、日本は米国のなんと20分の1程度で、世界平均以下の使用量です。医療用の麻薬の使用量は、その国の文化的成熟度に比例すると言われていますので、大変残念な数字です。 しかし、麻薬を使わない分、日本のがん患者さんは激しい痛みに耐えているのです。実際、日本では、がんで亡くなる方の8割、つまり日本人全体の実に4人に1人が、がんの激痛に苦しむと言われています。 この理由には、「麻薬を使うと中毒になる、寿命が短くなる、だんだん効かなくなる……」などの迷信があるようですが、全く根拠はありません。 人生の仕上げのために ある患者さん(会社経営者)は肺がんの全身への転移がみつかり、ご本人の希望で「余命は約3カ月程度」と告知しました。骨の転移によって激痛がありましたので、モルヒネの飲み薬を勧めたのですが、「麻薬なんて、カラダに悪いし、命が縮まる」と拒否されたのです。 頭の中では死を理解しても、ココロでは受け入れられなかったのだと思います。しかし、激しい痛みのため、会社の整理はうまくいかなかったと聞きました。 現実にはモルヒネなどの麻薬系の薬を飲んでも、中毒などは起こりません。それどころか、モルヒネなどを適切に使って痛みがとれた患者さんの方が長生きする傾向があるのです。 これは、食事もとれ、睡眠も確保できますので、当然といえば当然で、激痛のある末期の膵臓(すいぞう)がん患者さんを対象とした無作為比較試験でも実証されています。 日本人は、痛みをとることを拒否し、結果的に激しい痛みに苦しんで、人生の仕上げができないばかりか、生きている時間の長さでも損をしているのです。 別のケースもあります。ある乳がんの方は外資系のキャリアウーマンで、30歳代半ばで亡くなりましたが、完治しないということをお話ししました。抗がん剤療法について、それはどれくらい延命できるのか、どれくらい肉体的に負担があるのと聞かれて、結局、抗がん剤は何も使わないという選択をされました。 脳の転移だけは、放射線治療で治して、後は旅行に行かれたり、好きなワインを飲まれたり、生活をエンジョイされました。そして最後は、ある意味、思い描くような死を受け入れておられました。 まさに、彼女の死は、彼女自身によって飼い慣らされていったようでした。すてきな死だった、と今でも思い出すことがあります。 がんの治療のうち、放射線は一番副作用が少ないので、末期がんにも使えます。体調の悪い末期がん患者にも使えるほど、放射線はカラダへの負担が少ない、ということです。脳や脊髄(せきずい)に転移して麻痺(まひ)が出た時に、放射線を転移部位にかけるとその麻痺がとれます。 がんが完治するわけではありませんが、症状の進行を防ぎ、生活の質=「クオリティ・オブ・ライフ」を高めることにつながります。 このように、末期でもがんの治療が必要になることもありますが、他方、早期がんでも緩和ケアが必要な局面があります。告知を受けて痛んだ心にはケアが必要です。 がんの治療とがんのケアは対立するものではありません。治療とケアはともに必要で、病状によってウェイト(比重)が変わってくるだけなのです。がんの治療とケアのバランスをとれるのが、「名医」の条件だと思います。 知っておくべきこと(復習) 日本人が、がんについて知るべき事柄はそうそう多いわけではありません。この冊子に書いてあることで十分です。要約すると次のようになります。 1 がんは、DNAがキズついておこる、一種の老化。 2 日本は「世界一の長寿国=世界一のがん大国」。しかし、がん対策後進国。 3 がんは、できる臓器によって、治療手段も治癒率もちがう。 4 がん治療の3つの柱は、手術・放射線治療・抗がん剤。がんの完治には、手術か、放射線治療が必要。 5 日本では、がん治療=手術だが、多くのがんで、放射線治療も同じ治癒率。 6 がんの種類が、胃がん、子宮頸(しきゅうけい)がん、肝臓がんなどの感染症型のがんから、肺がん、乳がん、前立腺がん、大腸がんなどの、欧米型のがんにシフト(変化)している。 7 欧米型の多くがんでは、放射線治療が大事。セカンドオピニオンは放射線治療へ。 8 転移したがんの治癒は難しいが、緩和ケアが有効。 9 治療とケアのバランスが大事。痛みはとった方が長生きもする。 2011年 06月 22日
がんの「基本」を数回に分けて解説しています。今回は4回目です。(第1回、第2回、第3回)
がん細胞の誕生と転移、そして治療の可能性 おさらいをしておきます。がんは、ある臓器にできた、たった1つの異常な不死細胞が、免疫の攻撃をかいくぐって生き残った結果できるものです。 この細胞がつぎつぎと自分と同じ不死細胞をコピーしていき、どんどん大きくなります。ただし、実際に検査でわかるような「がん」になるまでには10~30年かかることが普通です。 がんは、自分が生まれた臓器から栄養を奪い取って成長しますが、やがて住処(すみか)が手狭(てぜま)になると新天地をもとめて移動したがります。これを水際で捕える「関所」のようなものがリンパ腺(リンパ節)です。 さらに、がん細胞の中には血液のなかに泳ぎだして、新大陸である別の臓器をめざす不埒者(ふらちもの)もいます。こうなると治癒(ちゆ)はむずかしくなります。まだ血液の海を渡って他の臓器に転移していない状態、つまりリンパ腺にとどまっている場合であれば、治癒の可能性は残ります。 鳥かごと鳥 がんは、限られた栄養を、正常細胞とがん細胞とが奪い合う一種の「椅子(いす)とりゲーム」のようなものです。 ただ、ふつうの椅子とりゲームとちがって、がん細胞の数がどんどん増えていくので、ゲームを続ければ続けるほど、正常細胞にとって椅子の確保がむずかしくなる。 しかし、ゲームのルールは単純ですから、がんは物理的・数学的にとらえることができる。つまり、物理法則に相当する「公式」が成り立つのです。 その公式の1つとして、転移をしてしまったがんは、大腸がんの肝臓転移(本当の意味での全身転移とは言えません)など一部例外はあるものの、基本的に治癒しにくいという点があげられます。 血液のなかにがん細胞が流れ込んで、他の臓器に転移するわけですから、1ヶ所にだけ転移することはまれです。植民地を世界中に作って、五大陸に進出していったかつての西洋諸国と同じです。 がんの転移があれば、その際の治療は、全身にばらまかれたがん細胞に対するものになりますから、全身的な治療、つまり抗がん剤が治療の中心になります。しかし、残念ながら、強い抗がん剤を使ってもがんが完治(かんち)する可能性は低く、治療の目的は延命となります。 これを「鳥かごと鳥」にたとえてみます。早期のがんの治療は、鳥かごの中の鳥を捕まえるようなもので、比較的簡単です。 リンパ腺にまで転移したようなある程度進行したがんは、鳥が鳥かごから出て、部屋の中を飛び回っている状態です。鳥かごに入っているときよりは大変ですが、がんばれば捕まえられるでしょう。 転移したがんは、鳥が部屋の窓から外に出て行ったようなもの。鳥を捕まえることはむずかしくなります。 それでも、たまたま鳥が部屋に戻ってくる可能性はゼロではありません。気がついたら、鳥が自分からかごのなかに入っていることだってあり得なくはないでしょう。これが、末期がんからの「奇跡の生還」です。 がんが治るかどうかは、最終的には確率的なものですので、奇跡はつねに起こり得る。その意味で、大逆転の希望はいつも失われませんが、それでも外に出て行った鳥がかごに戻ってくるような奇跡は、望んで得られるものではありません。転移したがんはこれと同じで、治らない確率が高い状態、というのが正確な表現です。 がん治療の3つの基本──手術・放射線治療・化学療法 さて、現代医学において、がんの治療として、はっきりと効果が証明されているのは、手術・放射線治療・化学療法の3つです。 ①【手術】は、ある臓器にとどまっているがんとまわりのリンパ腺をメスで切り取ってしまう治療法です。がんの組織だけを切ろうとするとがん組織を取り残す心配がありますので、普通はがん組織のまわりの正常な組織も含めて切除します。 がん細胞を完全に切除できれば、がんは完治することになります。たとえば早期の胃がんで転移がない場合は、手術療法でまず100%治すことができます。ただし、切り取った部分以外にもがん細胞が存在すれば、再発の可能性が残ります。 ②【放射線治療】は、臓器にできたがんにだけ、あるいは、予防的にそのまわりのリンパ腺などをふくめて放射線をかける治療です。 ある決まった範囲(数ミリ程度の場合もあります)にだけ影響を与えるので、手術と同じ局所治療です。 ③【化学療法=抗がん剤治療】は、抗がん剤などの化学物質を点滴や飲み薬の形で投与するもので、化学物質が全身に行き渡る点で、手術や放射線治療と異なります。 全身に転移がある状況では、(手術や放射線治療などの)局所治療ではダメですので、理屈の上では唯一効果のある治療法です。 しかし、ほとんどのがんで完治するためには、局所治療である手術か放射線治療か、どちらかが必要なのです。逆に言えば、化学療法だけで治るがんはまずありません。 クルマ選びとがん治療 手術・放射線治療・化学療法のうち、日本ではなんといっても手術ががん治療の代名詞でした。医師に「がんです」と告知されると、次は「先生、切れるのでしょうか?」というのがおきまりの台詞(せりふ)だったのです。そして、切れれば大丈夫、切れなければ絶望、というのがこれまでのがん患者さんのお気持ちでした。 しかし、これは日本独特の風習にすぎません。欧米では、自分のがんをいかに楽に、安く、的確に治療するのがよいか、患者さんが主体的に考えるのです。 特別なことではありません。クルマ選びと同じです。クルマを買うときには、いろいろなカタログを集めて比較するものです。セールスマンが「このクルマがいいから買いなさい」などと言ったらどうでしょう。きっと「オレのクルマなんだから、オレが決める!」と腹が立つはずです。がんも同じ。がん治療は自分で選ぶ時代が来ています。 がんにもいろいろある 「がん」は1つひとつ違います。がんと言っても千差万別(せんさばんべつ)なのです。 「がん」という言葉は、がんが、結核・エイズ・心筋梗塞(しんきんこうそく)などと同じ、1つの病気であるという誤解を与えます。 しかし、がんは千差万別で、治癒率が99%のがんも、0%に近いがんも存在します。どちらも同じく「がん」と呼ばれますが、患者さんの立場からすれば、とても同じ病気にはみえないはずです。 がんはDNAのコピーミスが原因ですので、1つとして同じがんは存在しないのです。しかも、がん細胞は、どんどん突然変異をくりかえして性質が変わっていきます。ですから、すべてのがんはそれぞれに違った、「世界に1つだけの」病気なのです。 しかし、どの臓器からできたものかによって、がんの性質はおおよそ決まります。たとえば、タチの悪さで言えば、①膵(すい)がん②肝臓がん③肺がん④乳がん⑤前立腺がん⑥甲状腺がんの順で、番号が小さいほどより悪質です。 がんの完治は定義できない さて、驚かれるかもしれませんが、実はがんの「完治」にはっきりした定義はありません。 結核や肝炎などの感染症であれば、細菌やウイルスがカラダのなかから消えれば完治を意味します。 しかし、がんの場合には、なにせ(だれのカラダの中にも)毎日5,000個ものがん細胞が新たに発生していることもあって、がん細胞がカラダから完全になくなることはありません。 乳がんや前立腺がんなどでは、治療後20年以上経ってがんが再発することもあるのです。この場合、過去に治療を行った同じがん細胞が再発するわけですが、カラダのどこに潜んでいるのかよくわかっていません。 しかし普通は、治療後5年間再発しなければ、まず大丈夫だろうと考えて、5年生存率(がん治療から5年経った時点で患者さんが生きている確率)を治癒率として使っているのです。ただし、乳がんや前立腺がんでは、10年生存率をもって治癒率と考えることが一般的。 繰り返しますが、がんが完治したと100%断言することは不可能です。がんの治癒とは、「再発しない確率が非常に高くなった状態」と考えるしかありません。 検診に向くがん、向かないがん がんは、一まとめにできない病気ですので、早期発見・早期治療がすべてではありませんし、検診が常に有効とも言えません。 たとえば、90歳の男性が検診で「早期」の前立腺がんを発見して手術を受けたとしましょう。早期の前立腺がんが実際に症状を出すには、30年以上かかると言われますので、この患者さんの場合、治療をせず様子を見るのが賢明です。検診がマイナスに作用する例です。 一方、膵臓(すいぞう)がんのような進行の早いがんを検診で見つけるには、毎月検診を受ける必要があります。検診に向いているがんはそれほど多くないのです。 しかし、大腸がん・子宮頸(しきゅうけい)がん・乳がんは検診の有効性が国際的に証明されていて、受けないのは損です(乳がんの場合は触診だけでなく、マンモグラフィーという乳がん専用のレントゲン検査が必要です)。 検診の有効性がはっきりしているがんなのに、受診率が低い。これは残念です。「検診向き」、つまり検診を受けることが有効ながんの受診率を上げる必要があります。 告知されたら さて、がんと告知されたときの心構えは、まず情報を集めること。「即入院・即手術」などと言われても、医師に病状などメモを書いてもらい、一度家に帰ることです。 実際、たった1つの細胞から始まって、数センチのがんに育つまでには、10年、20年以上の年月がかかる。あわてる必要はありません。じっくり情報を集めて、正しい戦略を立てるべきです。その上で、別の医師からも話を訊く「セカンド・オピニオン」をお勧めします。 すでにご説明したように、がんを完治させるには、手術か放射線治療が必要です。多くの患者さんは外科で診断を受けるでしょうから、セカンドオピニオンの相手は、放射線治療の専門医が最適だと思います。 最後に、インターネットについて。便利で手軽ではありますが、金銭目的のサイトもあり、注意が必要です。その点、以下のがん情報サイトは信頼できますので、ぜひ参照し、うまく利用されるとよいと思います。 ▼国立がん研究センターがん対策情報センター「がん情報サービス」 http://ganjoho.ncc.go.jp/public/index.html ▼がん研有明病院「がん・医療サポートに関するご相談」 http://www.jfcr.or.jp/hospital/conference/index.html ▼がん情報サイト http://cancerinfo.tri-kobe.org/ 放射線の効用 放射線治療の特長は、がんを切らずに治し、臓器の機能や美容を保つ点にあります。例えば喉頭(こうとう)がんは、手術でも放射線治療でも治癒率は変わりませんが、選択されるのは放射線治療です。手術をすれば声を失うからです。 乳がんは、かつて乳房とその下の筋肉を根こそぎ切り取る手術が主流でした。しかし今は、腫瘍(しゅよう)の周辺だけをえぐって取り、乳房全体に放射線をかける「乳房温存療法(にゅうぼうおんぞんりょうほう)」が主流です。 直腸がんが肛門の近くにできると、手術後に人工肛門となる可能性がありますが、手術前に放射線をかけることで、その可能性を減らすこともできます。 喉頭がんや直腸がんは臓器の機能を温存する治療例、乳房温存療法は美容を保つ治療例です。 放射線治療は、多くの場合、1ヶ月程度の通院ですが、一回の治療は数分で、患部の温度は2,000分の1度くらいしか上がりません。 なぜ2,000分の1度というわずかなエネルギーでがんが消えるのでしょうか? このわずかなエネルギーでもがんのDNA(遺伝子の本体)が切断されるため、がん細胞の分裂と増殖がうまくいかなくなるのです。 また、免疫(めんえき)のしくみが、がん細胞を異物(敵)として認識できるようになることも大きい効果です。このため、がんが免疫細胞に攻撃されてしまう。放射線は「一種の免疫療法」という側面もあるのです。 また、放射線治療では、がんに放射線をできるだけ集中することが大事です。仮に、完全にがん病巣部にだけかけることができ、周りの正常の細胞には放射線が全く当たらないようにできれば、放射線を無限にかけることができ、100%がんは治ることになります。 こうした発想はかつては机上(きじょう)の空論でしたが、現在ではけっして夢物語ではなくなってきています。 (つづく) 2011年 06月 16日
がんの「基本」を数回に分けて解説しています。今回は3回目です。(第1回、第2回)
がん細胞との闘いは、毎日5,000回も起きている 細胞が分裂するときには、元のDNAを2倍にコピーして、新しい2つの細胞に振り分けます。人間(の細胞)がやることですから、コピーのときにミスがおこることがあります。これが突然変異です。 こうした細胞は多くの場合、死にますが、ある遺伝子に突然変異がおこると、細胞は止めどもなく分裂を繰り返すことになります。 最近の研究では、がん細胞は健康な人の体でも一日に5,000個も発生しては消えていくことがわかっています。がん細胞ができるとそのつど退治しているのが免疫細胞(リンパ球)です。免疫細胞は、ある細胞を見つけると、まず自分の細胞かどうかを見極めます。そして、自分の細胞でないと判断すると、殺してしまいます。 がん細胞は、もともと私たちの正常な細胞から発生していますので、カラダの外から侵入する細菌などと比べると、免疫細胞にとって「キケンな異物」と認識できない傾向がある、と言われます。それでも免疫細胞は、できたばかりのがん細胞を攻撃して死滅させます。私たちのカラダのなかでは、毎日毎日、「5,000勝0敗」の闘いが繰り返されているのです。 聖人君子でも、がんになる しかし、年齢を重ねると、DNAのキズが積み重なってがん細胞の発生が増える一方で、免疫細胞の機能(免疫力)が落ちてきます。そのため、がん細胞に対する攻撃力が落ちる結果、発生したがんが免疫の網をかいくぐって成長する確率も増えるのです。 長生きするとがんが増えるのは、突然変異が蓄積されるのと、免疫細胞の働きが衰(おとろ)えるからなのです。がんが老化の一種、と言われるのはそのためです。がんは、一部の例外を除き遺伝しません(例外は家族性腫瘍)。むしろ「がんになる、ならない」は運の要素が大きい。 目には見えない壮絶な闘いを勝ち抜いて、ひっそりと生き残ったたった1つのがん細胞は、分裂した子孫の細胞がすべて死なない「スーパー細胞」です。 がん細胞はゆっくりと倍々ゲームで分裂を重ねていき、100万個(すべてが同じ細胞!)まで増殖すると1ミリくらいの大きさになります。検査によって発見されるまで育つには、通常10~20年以上の時間が必要です。 これが、がんが高齢の方に多いもう1つの理由。その意味では、がんは昨日今日できたものではありませんから、がんと診断されてもあわてる必要はないのです。 社会や医療環境が良くなって寿命が長くなれば、それだけがんが増える、これはやむを得ない定めです。がんになることを前提として、がんになってもあわてないように人生をとらえ、過ごす必要があるのです。 生活習慣とがん がんは、細胞のDNAにキズ(突然変異)が積み重なってできます。この突然変異は、年齢とともに自然に増えていくもので、白髪やしわのようなもの。ここまでにはすでに述べました。 しかし、どんながんができやすいかは、生活習慣にも左右されます。たとえば、乳がんや前立腺がんが増えているのは、動物性の脂肪を多く摂るようになったことが背景にあります。 冷蔵庫で胃がんが減少 これまで日本では、胃がん、子宮頸がん、肝臓がんなど、ウイルスや細菌による感染が原因となる「アジア型」のがんが多かったのですが、衛生環境の改善などで、こうした感染症型のがんによる死亡は減少に転じています。 胃がんは、ヘリコバクター・ピロリ菌などの細菌が原因の1つですから、冷蔵庫が普及して新鮮で清潔な食物を口にするようになって、減りました。 実際にアメリカでも、1930年ごろは、胃がんががん死亡のトップでした。日本より先に冷蔵庫が普及した結果、今では胃がんは白血病より少ない、珍しいがんになっているのです。 ウイルスで感染するがん 子宮頸(しきゅうけい)がん(子宮の出口の部分にできるがん)は性交渉にともなう「ヒトパピローマウイルス」の感染が主な原因で、コンドームの使用で予防できます。 また、性交渉を始める前の女の子に、このウイルスに対するワクチンを接種することによっても、予防ができます。ワクチンを打てば、その後パピローマウイルスが子宮にとりついても、免疫ができていますから感染しません。まさに、麻疹(はしか)の予防と同じ考え方です。 子宮頸がんは、20歳代で急増しています。日本でも、ようやくワクチンが承認され、昨年11月からは、中学1年生~高校1年生を対象に、公費補助もはじまりました。 ※参考:「子宮頸がんの予防(ヒトパピローマウイルスと予防ワクチン)」国立がん研究センターがん情報サービス 肝臓がんも、その大部分は肝炎ウイルスの感染が原因です。肝炎ウイルスは輸血が主な感染ルートでしたが、今ではこうしたウイルスに感染していない血液が輸血されますので、肝臓がんも減る傾向にあります。 がんの「アジア型」と「欧米型」 わが国では、高齢化によってがんの死亡はどんどん増えていますが、そのなかで2005年に死亡数が減少したのは、ここにあげた胃がん・子宮頸がん・肝臓がんという「アジア型のがん」だけなのです。 逆に、タバコが原因となる肺がんの他、動物性脂肪のとりすぎが原因と考えられる乳がん・前立腺がん・大腸がん・子宮体がんなど、「欧米型」のがんが増えています。 では、なぜ、動物性脂肪をとると、乳がん・前立腺がんなどが増えるのでしょうか? 女性ホルモン・男性ホルモンは、コレステロールを材料として体内で作られます。ですから、肉を食べなければ性ホルモンは増えません。お坊さんが精進料理を食べる理由です。統計データはないでしょうが、お坊さんには前立腺がんは少ないと推測されます。 日本女性のバストも欧米人なみになりました。これも肉を食べるようになった影響です。肉食の結果、女性ホルモンがたくさん分泌され、乳がんが増えているのです。 さて、「子だくさん」のお母さんには、乳がんができにくい。それはなぜでしょう。 妊娠中は女性ホルモンのバランスが変わります。たとえば10人の子供を出産すると、10カ月×10人=100カ月、つまり8年間近く乳がんができにくい状態が続きます。実際、未婚の女性に乳がんは多いのです。 がんを防ぐには? このように、がんは生活習慣に密接に関連しています。生活習慣病の一種と言っていい、社会を映す鏡なのです。 ただし、注意がいるのは、生活習慣が発がんのリスクを高めることはあっても、がんになるかどうかの根本は運(確率)である点です。ですから、ベジタリアンの聖人君子でも、がんになってしまう可能性はあるのです。 なお、アジア型のがんの代表である胃がんの死亡を、欧米型のがんの代表である肺がんの死亡が追い越したのは、アメリカで1950年ごろ、日本では1990年すぎです。がんの種類については、日本はアメリカに40年程度遅れているわけです。 がんにかかるかどうかは運次第、という面も否定できませんが、日常生活に気をつければ、ある程度がんを防ぐことが可能です。禁煙が第一ですが、野菜と果物を食べ、肉やお酒はほどほどにして、太りすぎないことが大事です。これでがんの約60%(禁煙で30%、食生活の工夫でさらに30%)が防げるだろうと考えられています。 タバコとがん とくに、タバコはがんの原因の3割程度を占めるもので、禁煙がもっとも効果があります。日本の喫煙率は、減ってきたとはいえ欧米の倍以上で、実は日本は世界一の「タバコ大国」。世界一の「がん大国」の一因です。 現在、日本でもっとも死亡が多いがんが肺がんです。タバコが原因の肺がんは男性で70%、女性で15%。とくに若い人の喫煙は危険で、20歳未満で喫煙を開始した人は、吸わない人の約6倍も肺がんによる死亡率が高い。 ノドのがん・胃がん・食道がん・肝臓がんなども、タバコで増えます。あまり増えないのは、大腸がんと乳がんくらいでしょう。タバコがなくなれば日本男性のがんの3割が消滅するのです。 さらに、タバコの最大の問題は間接喫煙による他人への影響です。この点は飲酒とちがいます。 (つづく) 2011年 06月 08日
これから数回にわたって、がんの基本を説明していきます。前回の内容はこちらをご覧ください。
がんは増えている がんが増えています。日本人は毎年およそ100万人が死亡していますが、そのうち32万人くらい、つまり3人に1人ががんで亡くなっています。65歳以上では、2人に1人ががんで亡くなるのです。 実は、「がん登録」(がんが診断されると、そのタイプや進行度の他、治療方法とその結果を詳しく登録して、がん対策に活用する仕組み)が行われてこなかったわが国には、何人に1人ががんになるかについて、正確なデータがありませんが、おおざっぱに言って、日本人の「2人に1人」ががんになると言えるのです。 がん増加の原因は長寿 国民の半数がかかり、3人に1人が命を落とす、こんな病気は他にありません。まさにがんは国民病で、世界でも類を見ません。では、なぜこれほどがんが増えているのでしょうか? 日本人が長生きするようになったからです。 がんは、人間の細胞の設計図であるDNAに、徐々にキズがついたために生まれる異常な細胞です。簡単に言えばがんは細胞の老化です。 そして、DNAのキズが積み重なるには、時間がかかる。たった1つのがん細胞が検査でわかるほど大きくなるには、10年から20年の時間が必要です。つまり、長く生きなければがんを作るいとまがないのです。 日本人は長生きになりました。日本人の平均寿命は82歳で現在世界一ですが、明治元年の平均寿命は30歳、大正元年で40歳ほど。ちなみに、縄文時代では15歳程度だったと言われます。 織田信長は、「人間五十年、下天のうちをくらぶれば夢幻の如くなり」と謡いましたが、その当時の平均寿命は20数歳。子供のころにバタバタ死ぬから、平均寿命は短い。大人になるまで生きれば、安土桃山時代でも50歳まで生きたというわけです。 日本人は第二次世界大戦後、急速に長生きになったのですが、乳幼児の死亡率減少が最大の理由です。現代の日本女性の平均寿命は86歳で、これは子供の死亡までを含んだものですから、65歳に達した方々は90歳まで生きることになる。日本は前人未踏の長寿国家なのです。 世界一のがん大国 こうして日本は「世界一の長寿国」になり、その結果、「世界一のがん大国」になりました。「がん大国」は恥ずべきことかもしれませんが、「世界一の長寿国」となった結果です。日本の衛生環境や医療がよくなって、みんなががんになるまで長生きするようになったのです。 日本人の寿命は今後さらに延びますから、がんはいっそう増えるはずです。仮に平均寿命が100歳を超えるようなことになれば、がんにならない人の方が珍しくなる。もはや、がんは日本人と切っても切れない関係にある「業病(ごうびょう)」なのです。 「人は死んでも生き返ると思いますか?」 しかし、今の日本社会には、死を認めないムードがあります。高齢者が家で亡くなるケースが減り、死は一般に病院に閉じこめられ、生活や意識から排除されているのです。死が見えなくなっている。 最近のある小学校のアンケート結果を見て驚いたことがあります。「人は死んでも生き返ると思いますか?」と先生が尋ねたところ、なんと3分の1が「生き返る」と答え、3分の1が「わからない」と回答したというのです。正解はわずかに3人に1人(宇都宮直子『「死」を子どもに教える』中央公論新社)。死はリセットできるものと感じられていることがわかります。 末期まで懸命に生きる患者さんの闘病記はテレビなどで人々を感動させる一方、死そのものは日常からきれいに拭(ぬぐ)い去られているのです。日本人の大半は、死なないつもりで生きているのではないでしょうか。あるいは、死の感覚を喪失しているのではないか。 がん治療の進歩によって、がんの半数は治癒できる時代になりました。しかし、「がん=死」というイメージはまだまだ根強い。憲法で戦争を放棄し、徴兵制もない今の日本で、死に直接結びつくのは、がんくらいでしょう。ですから、多くの日本人にとって、がんは「縁起でもない」存在です。最低限の知識も耳に入らなくなってしまっているのです。 実際、高い喫煙率、動物性脂肪ばかりが増えている食生活、低い検診率と必要の乏しい高額の検査、あまりの手術偏重、軽視される放射線治療、不適切なそして使われすぎの抗がん剤治療、放置される患者の苦しみ、根拠がなく法外に高い健康食品や民間療法、心が通わない医師と患者の関係……など。日本のがん医療には、問題が山積しています。 でも、こうした問題を解決していくには、専門家ではなく、日本人の一人ひとりが、まず「がんを知ること」です。知らなければ立ち向かうこともできません。国民病なのだから、私は小学校から教科書で教えるべきだとすら思っています。 がんは他の病気とちがって、患者さんの人生の縮図とも言うべき病気です。人生の時計の針が多少早く回っている、と言えるかもしれない。がんの患者さんは、人生はだれにとっても、いつでも下り坂であることを身に染みてご存知です。 がんが治っても人はかならず死にます。人間の死亡率は100%です。がんを通して人生を考えることが、「よく生き、よく死ぬ」ことにつながると確信しています。 DNAが傷ついて起こる病気 人のカラダは、60兆個の細胞からできています。1つ1つの細胞のまんなかには核があり、そのなかに細胞の設計図といわれる遺伝子(DNA)が入っています。がんは、このDNAが傷ついて起こる病気です。 60兆個の細胞の出発点は、たった1つの受精卵(じゅせいらん)です。この受精卵が、細胞分裂を少なくとも50回は繰り返して、脳、肺、胃腸などの臓器をかたち作る。 臓器ができあがると、それぞれの細胞はまわりの仲間の細胞と協調しながら、自分の役目を果たします。そして、必要なときだけ分裂し、必要な分だけ増えると分裂を止めて、寿命がくると死滅します。 この細胞の「入れ替え」は、カラダの老化をおさえるのに必要で、新しい細胞は、毎日8,000億個も作られます。一生涯で臓器の細胞は、数千回入れ替わると言われているほどです。 それぞれの個体は、成熟したら子孫を残し、寿命がきたら自分は死ぬ。この「個の役割」と「世代間のバトンタッチ」こそ、私たち人間を含む生き物の営(いとな)みです。 がんは暴走機関車 しかし、がん細胞は、コントロールを失った暴走機関車のようなもので、猛烈な速さで分裂・増殖を繰り返し、生まれた臓器から勝手に離れて、他の場所に転移します。 がんは正常な細胞の何倍も栄養が必要で、患者さんのカラダから栄養を奪い取ってしまうのです。進行したがんの患者さんが痩(や)せていくのはこのためです。 がんが進行すると、栄養不足を起こすだけでなく、塊(かたまり)となったがんによって圧迫を受けたり、がんが原因の炎症が起こったりします。 たとえば、背骨に転移したがんは骨を溶かし、自分が住むスペースを作りながら大きくなっていくので、激しい痛みをもたらします。さらに、がんが大きくなって背骨の中を走る脊髄(せきずい:神経の束)を圧迫すると麻痺の原因にもなります。 (つづく) 2011年 06月 02日
放射線被ばくパニックに、収束の見通しが立ちません。しかし、私たちは、いったい、何を怖がっているのでしょうか? あるいは、何を怖がるべきなのでしょうか?
脱毛や白血球の減少といった「確定的影響」は、福島原発の近隣を含めて、一般の方々には起こりえません。起こるとすれば、「確率的影響」すなわち「発がんリスクの上昇」です。(ヒトの場合、子孫に対する遺伝的影響は“観察されていません”。) 広島・長崎のデータでも、100ミリシーベルト以下では、発がんリスクが増えたというデータはありません。100ミリシーベルト以下の被ばくでは、がんは増えないということではなく、放射線被ばくよりはるかに発がんに影響を与える生活習慣のなかに、被ばくによるリスクが「埋没してしまう」のです。 だからといって(一部に誤解があるようなので急いで付け加えておきますが)「放射線による多少の被ばくを心配するには及ばない」などと言っているのではありません。被ばくは少ないに越したことはありません。ALARAの原則(as low as reasonably achievable)が言うとおり、放射線被ばくは「合理的に達成可能な限り低く」が大前提です。 政府によって「警戒区域」や「計画的避難区域」「緊急時避難準備区域」が設定されたのも、健康被害を最小限にとどめるための施策です。福島県の学校等において、校庭の汚染された表土の除去(や有効な対策を立てるための各種の実験)が進みつつあることも、必要なことですし、大賛成です(この点は本Blogでも主張してきました。[参照]放射性セシウムと放射性ストロンチウム、福島訪問──その1 飯舘村の特別養護老人ホーム、福島訪問──その4 対策に対する提案)。各地にモニタリングポストが設置され、積算線量を含むデータが公開されていることも重要です。対策を講じるためには(思い込みではなく)客観データが必要ですので、継続していただきたいと思っています。 実効性ある対策をどんどん講じる、衆知を結集して早急に対処する──これを確認した上で、「放射線による健康被害」について(事実上、ストレスの増加や生活の乱れに起因する健康被害を除けば、発がんリスクの上昇とイコールです)、立ち止まって考えていただきたいことがあります。 100ミリシーベルト以下の被ばくでは、がんを発症した場合、被ばくと発がんの因果関係を立証できない、ということは何を意味するか、です。低線量被ばくによる発がんリスクの上昇の有無について、諸説あることは承知していますが、科学的なコンセンサスとして、なぜ「100ミリシーベルト以下では、発がんリスクが増えたというデータはない」と言われるのか、「発がん」の基本に戻って考えてみたいのです。 具体的には、「がんとは何か」「がんを発症するメカニズム」「がんと生活習慣」「がんにならないための生活」「がんにかかった場合の治療法の選択」「緩和ケア」などを、ご説明したいと思うのです。 さて、この「まえがき」では、日本におけるがんという疾病について、基本的なことを確認しておきます。今回の福島第一原発の事故がなかったとしても、そして、原発に由来する放射線に被ばくすることがなかったとしても、わが国はもともと、世界一の「がん大国」です。2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで亡くなっています。 だれだって、がんになりたくないし、がんで死にたくはありません。そのために一番“確実な”方法は、がんにならないことです。しかし、どんな「聖人君子」でもがんになり得るのです。おおざっぱに言えば、がんの原因の3分の1がタバコ、3分の1がお酒や食事や運動といった「タバコ以外の生活習慣」です。そして、残りの3分の1は「運」といってよいものです。理想的な生活でも、がんを完全に防ぐことはできません。 ですから、がんを避ける生活習慣を心がけるとともに、「運悪く」がんになっても、早期に発見して完治させる必要があります。この生活習慣(1次予防)+早期発見(2次予防)の「2段構え」が、がんで命を落とさないための特効薬なのです。 実際、がん全体の「5年生存率」(医学的には、治療によって、がんが消失してから5年経過後までに再発がない場合を「治癒」とみなします)は5割を超えていますので、がんは「不治の病」ではありませんが、早期がんで発見されれば、ほとんどの臓器のがんで、治癒率は9割以上になります。早期に見つければ、がんは怖くありません。 しかし、早期がんを発見するには、定期的な検診が不可欠です。早期がんは症状を出しませんし、がんの症状が出れば、進行・末期がんの場合が多いからです。つまり、がんで命を落とさないためには、生活習慣+がん検診が大事というわけです(すべてのがんに検診を勧めるわけではありません。詳細は残念ながら割愛せざるを得ません)。 しかし、日本人男性の4割近くがタバコを吸いますし、がん検診の受診率はざっと、2割程度にとどまります(欧米では8割近く!)。こうしたことが背景となり、欧米では年々減っているがん死亡数が、日本では、増え続けています(タバコによるがん死亡リスクの上昇は、放射線で言えば、2,000ミリシーベルト以上に相当)。 発がんを心配するのであれば、検診を受けていただきたいのです。そうでもしないと、早期発見はむずかしいからです。自覚症状が出た場合は、すでに進行がん・末期がんである場合が多い、ということが大切なポイントです。 私たちは、自分が怖がっている、放射線、そして、がんという「恐怖の対象」をよく知る必要があります。しかし、唯一の被爆国で、世界一のがん大国、日本に暮らしているにもかかわらず、私たちは相手のことをよく知りませんし、学校でも習った記憶がありません。よく考えるとヘンな話です。 このブログでは、放射線のことをずっとお話ししてきましたが、これからしばらく、「がんのひみつ」を解き明かしていきたいと思います。がんを知り、そして、放射線被ばくを正しく怖がっていただきたいと思っています。 中川恵一 2011年 05月 14日
マスコミ関係者からの電話による問い合わせが多く、診療の妨げになっています。 福島での一連の調査に関する、取材を目的としたお問い合わせは下記アドレス までメールにてお願いします。その際には、お手数ですが、問い合わせの趣旨もご記入ください。 team_nakagawa2011@yahoo.co.jp よろしくお願い申し上げます。 2011年 05月 13日
国際放射線防護委員会(ICRP)レポート111の解説に記載したように、“線量の管理”を行う際には、ある地域における「平均的な個人の振る舞いとその被ばく量」を想定し、対策を立てることは適切とは言えません。個人や生活習慣が似ているグループ毎に行われるべきです。その理由には、屋内外に滞在する時間の違いや放射線量の局所的な汚染の分布、食生活の違いなどが挙げられます。
今回の訪問により得られた知見から、地域住民の皆さん、政府や自治体に、対策していただきたい事例(既に提案しています)を以下に挙げます。 1. 警戒区域・計画的避難区域の設定について 政府は4月21日、22日付の報告で原発20km以内を一律警戒区域に、20-30km圏内の一部地域を計画的避難区域に設定しました。 http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/shiji_1f.html http://www.kantei.go.jp/saigai/20110411keikakuhinan.html 計画的避難区域には福島県葛尾村、浪江町、飯舘村、川俣町の一部及び南相馬市の一部(原発20km圏外地域の一部)が含まれます。今回の線量評価でもわれわれが訪問した浪江町、飯館村については屋外では5μSv/hを超える地域がほとんどでした。そのため環境放射線線量のみを考慮した場合、避難はやむを得ないと考えます。しかしそれらの地域でも同時にコンクリート建屋内では1μSv/h以下になることもわかりました。飯舘村の特別養護老人ホームの方々などは、避難する方が、リスクが高いと言えます(http://Tnakagawa.exblog.jp/15420108/)。 地震および原発事故による大混乱のまま2ヶ月が経過しようとしておりますが、今後はICRP111に従った、個人レベルでの被ばく管理および「防護方策の最適化」と「防護方策の正当化」に従った具体的な施策を行っていただけるよう願いをしていきます。 2. 学校グランドの対策について 外部被ばくに関しては、1mの高さで計測される環境放射線量を用いるのが適切であると述べましたがhttp://tnakagawa.exblog.jp/15529167/ 、一方で、学校のグランドでは、生徒らが体育や部活動で泥だらけになることは想定されなければなりません。土埃による内部被ばくの危険性も、一般のケースに比べて高くなることも予想できます。児童生徒に対する個人被ばくの推定には、環境放射線量だけに頼らない対策が求められます。 放射性物質の濃度が高いことが推定される学校のグランドの場合、以下の手段が有効であると考えます。 1)校庭グランドの表層を削る。 2)学校敷地内の安全な場所に一時的に保管 3)国や県が主導となり、適切な保管場所に移送する 4月28日時点の郡山市の報告では、実際に表土除去を行った学校では、空間線量率の値が大幅に改善されています。 http://www.city.koriyama.fukushima.jp/pcp_portal/PortalServlet?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=23270 私たちの今回の調査でも、表層2cm程度のところにほとんどの放射性物質が存在していることが確認されました。 学校のグランドの表層を削ることは、将来ある子供の余計な被ばくを確実に減らすことができると考えられます。今後、梅雨の季節を迎えると、雨により土壌深くに放射性物質がしみこんでいくかもしれません。私たちは表層の除去とその一時保管について、できるだけ早期に着手することを政府に要求してきました。文科省は5月12日に「実地調査を踏まえた学校等の校庭・園庭における空間線量低減策について」を発表し、日本原子力研究開発機構の“児童生徒等の受ける線量を減らしていく観点から、「まとめて地下に集中的に置く方法」と「上下置換法」の2つの方法は有効である」”という報告から、被ばく低減策に取り組み始めました。 http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1305946.htm 私たちの結果は、このような対策が被ばくの低減に対し有効であることを示しています。 http://Tnakagawa.exblog.jp/15529408/ 「まとめて地下に集中的に置く方法」と「上下置換法」については現実的な方法が取られるものと思われますが、いずれにしても、早期の着手を期待しています。 3. 山菜、キノコ、根野菜の摂取について 現在、Cs-134、Cs-137は土壌表面に存在しています。これらは数年から数十年をかけてゆっくりと、より深い部分にも入り込んでいきます。山菜、キノコ、根野菜は土壌の栄養分として様々な物質を吸い上げますが、セシウムも吸い上げてしまうことが判明しております。汚染地域の山菜、キノコ、根野菜を無秩序に摂取してしまうと余計な内部被ばくにつながるため、内部被ばくを考慮した被ばく量の評価を行う必要があります。今回、われわれは地元住民の了解のもと、飯館村に生えている山菜をいくつか採取させていただきました。その値はセシウムの暫定規制値500Bq/kgを超えていました。カリウムを多く含む山野草では、セシウムもまた濃度が高くなる可能性があるので、注意が必要です。規制の掛からないこれらの食物は、決して食べないように注意を徹底することが大事です。また、空間線量率のみで被ばく量を算出する現在の方法を変更すべきです。特に、これまでの食物の摂取に関する調査を行うことを政府や自治体に提案します。 4. 勉強会の開催について 放射線は目に見えず、人体への影響もわかりづらいこと、わかっていなことなどがあり、不安を大きくしています。また風評や偏見も拡がっています。専門家を交えた、原発近郊の地域住民の皆さまに対する意見交換会や勉強会は大変重要であると考えます。こうした機会を自治体だけではなく、各専門の学会が単独で、もしくは共同しながら作っていく必要があります。私たちもそのような働きかけを進めています。 2011年 05月 13日
空間線量率に引き続き、福島県を訪問した際に採取した、飯舘村小宮周辺、浪江町津島周辺、南相馬市(鹿島幼稚園・小中学校、八沢小学校、上真野小学校)の土壌サンプルおよび飯舘村で採れた山菜やほうれん草、浪江町で採れたふきのとうの放射能についての結果を報告いたします。
【ゲルマニウム検出器及び広窓GM管サーベイメータによる測定】 土壌や作物に含まれる放射性物質の種類と量を調べるには、放射性物質から発せられる“ガンマ線のエネルギー”を同定できるゲルマニウム検出器を使います。放射性ヨウ素131は崩壊によって、364 keV(キロエレクトロンボルト)のガンマ線を放出します。放射性セシウム134と放射性セシウム137はそれぞれ604 keVと661 keVのガンマ線を放出します。エネルギーの違うガンマ線の量を調べることで、土壌や作物に含まれる放射性物質の種類と量を調べることができます。 【ゲルマニウム検出器により得られるスペクトルの例】 ![]() しかし、放射性物質の量が少ない場合、ゲルマニウム検出器による測定では、定量するのに大変長い時間を要してしまいます。南相馬市にある幼稚園や小中学校の5-7cm、10-12cmでは放射性物質の量が少なく(これは大変良いことです)、まだゲルマニウム検出器では計測できていません。表層との放射線量の違いを示すために、簡易的にGM管による放射線量の測定も行いました。GM管ではヨウ素やセシウムの区別がつかず、また定量性もないため、あくまで参考値として見てください。 ![]() サンプルの量が同程度(250-350g)になるよう調整してGM管で計測後、よく混ぜた試料の一部(約100g)をU8容器にいれてゲルマニウム検出器により測定しています。 【土壌サンプルの放射能測定結果(4/29換算値)】 南相馬市 I-131 Cs-134 Cs-137 GM管 鹿島幼稚園(表層) 301 865 1077 163 鹿島幼稚園(5cm) --- --- --- 58 鹿島幼稚園(10cm) --- --- --- 36 鹿島幼稚園砂場(表層) 322 1577 2125 275 鹿島小学校-1(表層) 582 1615 2038 206 鹿島小学校-1(5cm) --- --- --- 17 鹿島小学校-1(10cm) --- --- --- 13 鹿島小学校-2(表層) 570 1478 1921 212 鹿島中学校(表層) 772 1894 2397 275 鹿島中学校(5cm) --- --- --- 24 鹿島中学校(10cm) --- --- --- 29 鹿島中学校(水溜りの泥) --- --- --- 395 八沢小学校(表層) 324 1120 1481 259 八沢小学校(5cm) --- --- --- 40 八沢小学校(10cm) --- --- --- 31 上真野小学校(表層) 567 1774 2364 180 上真野小学校(5cm) --- --- --- 41 上真野小学校(10cm) --- --- --- 33 上真野小学校-2(表層) 398 1433 1840 290 飯舘村 I-131 Cs-134 Cs-137 GM管 飯舘村小宮(表層) 47896 37941 47525 3683 浪江町 I-131 Cs-134 Cs-137 GM管 浪江-1(表層) 32547 34231 43140 5579 浪江-1(5cm) 4709 2885 3619 646 浪江32地点(表層) 19931 36240 46138 6413 浪江32地点(5cm) 2429 4486 5754 752 浪江32地点(10cm) 670 1596 2045 481 単位はBq/kg(GM管測定における単位はcpm/kg) 有効数字は2桁程度ですが、わかりやすくするため全ての桁を表示しています。 放射性核種の存在量は、全て4/29の値に換算しています。 GM管サーベイメータによる測定では、検出部に2mmのアクリル板を挿入しています(ベータ線を遮蔽するため)。 5cm深さのサンプルのゲルマニウム検出器による計測値は、浪江町の32地点しかまだありませんが、表層に比べヨウ素(I-131)で7~8分の1、セシウム(Cs-134とCs-137)では8~11分の1になっていることがわかります。GM管での簡易測定からも、同じ傾向が見えます。 なお、土壌サンプルのGM管による測定値と、その地点での1m高さでの空間線量率のデータとの間には相関が見られます。 ![]() 土壌の表層が放射性物質で汚染されていること、その放射性物質が半減期の長いセシウムであること、その量に応じて空間線量率が上昇すること、などという事実は、表層を除去することは大変有効な手段であることを示唆します。実際に、郡山市の報告では、表土除去を行った学校では、空間線量率の値が大幅に改善されています。5月8日に行われた日本原子力研究機構の同様な試験とも矛盾しません。 http://www.city.koriyama.fukushima.jp/pcp_portal/PortalServlet?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=23270 http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1305946.htm 【山野草の放射能測定結果(4/29換算値)】 飯舘村は山菜の宝庫です。山菜採りを楽しみにされていた方も多くいらっしゃったと聞きます。キノコ類やゼンマイなどの山菜にセシウムが集積しやすいこと知られています。飯舘村の住民の方に協力頂き、ホウレンソウや山菜をご提供いただきました。その簡易測定結果は以下のようになります。 種類 I-131 Cs-134 Cs-137 たらの芽(飯舘村) 104 2874 3528 ぜんまい(飯舘村) 560 10240 13242 からし菜(飯舘村) 191 462 606 ふきのとう(浪江町32地点) 1078 9681 12061 ほうれん草根(飯舘村)水洗い 317 766 1036 ほうれん草茎(飯舘村)水洗い 77 426 539 ほうれん草葉(飯舘村)水洗い 489 2660 3353 単位はBq/kg 有効数字は2桁程度ですが、わかりやすくするため全ての桁を表示しています。 放射性核種の存在量は、全て4/29の値に換算しています。 “ぜんまい”は、採取量(3.6g)が少ないため、kg換算時に誤差が大きくなっていると推察されます。 ほうれん草以外は水洗いしていませんので、大きめに評価されています。それでもかなり大きな数値です。早急の対策を講じることが必要です。(原発から北西部に位置する山間で採取された、規制の掛からない山野草に関しては、絶対に食べないように注意喚起するとともに、空間線量率のみで被ばく量を算出する現在の方法の変更を、政府や自治体に提案を行っています。) 今回、山野草に高かった理由についてですが、以下のように考えられます。植物の根は一見土壌深くに入り込んでいるように見えますが、実際には相当量が表面数センチに張っています。また、セシウムは降ってきてせいぜい2ヶ月、ということもあり、土壌に吸着してはいますが、それでも動き易いものが多く存在します。春の芽吹きとともに吸水力や栄養吸収力がアップした山野草は、一気にこの「動き易いセシウム」も吸収し、そのためセシウム濃度が高まったのが理由の一つと考えられます。 2011年 05月 13日
先月末の4月29日、東大病院放射線治療チーム(team_nakagawa)のメンバー5名(医師3名、物理士2名)で、福島県を訪問し、地域の方との対話や飯舘村の菅野村長との面談、福島市・飯舘村・浪江町・南相馬市の空間放射線量の測定、土壌・山菜の採取を行いました。また、文部科学省のモニターカーによる測定結果の追試を行いました。
突然の訪問となったことに対し、調整をくださった地域の関係各者にお詫び申し上げるとともに、休日にもかかわらず、私たちのプライベートな要求に対応頂いたことに感謝申し上げます。 今回の訪問で空間線量率や土壌調査をおこなったのは、福島県の訪問直前に南相馬市教育委員会に連絡を取ったところ、学校の放射線量を測定し、土壌・環境汚染を評価してほしいという話であったことと、政府・自治体で公表されるデータではわからない、放射線量分布の不均一さについて調査したかったことなどがその主な理由です。また、政府・自治体の公表データの信憑性に関する当チームへの問い合わせがあり、その問いに答えるために、データを取得する必要がありました。 【使用した計測器】 ALOKA γSurvey Meter ICS-321(電離箱線量計) MKS-05 TERRA(電離箱線量計) NaIシンチレーター TCS-151 ポケット線量計(個人線量計) 【測定】 使用する線量計、測定方法の相違により、測定値には若干の誤差が生じる可能性があります。そこで単一チームで同じ線量計・測定方法による測定データを取得しました。公表されている公的機関の測定データとの比較をおこない、さらに放射線線量分布の不均一性について(どういうところが放射線量が高いのか又は低いのか)も評価を行いました。 文科省が発表しているモニタリングカーを用いた固定点における空間線量率 http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1304001.htm は、複数の線量計により、車外で地表から1mの高さ、障害が何もない方向に向けて計測している。4月29日のデータは以下を参照しました。 http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/04/29/1305388_042913.pdf また、小中学校内の空間線量率の変化について調べています。 【4月29日に観測した空間線量率の結果と考察】 1日の空間線量率測定結果(地表1mでNaIシンチレーターを使用) ![]() 8:00-17:00までの個人線量被ばく(ポケット線量計)44μSv 【文科省モニタリング結果の追試結果】 文科省が発表しているモニタリングカーを用いた地点32, 33, 36(文科省の公表データで、それぞれの「測定エリア」に与えられている番号)の空間線量率を追試し、4/29の値をほぼ再現しました。今回の追試結果及びこれまで公表されたデータの経時的な変化から、それらのデータに問題はない、と言えるのではないかと考えています。ただし、少し離れただけでも値は変わります。測定地点の位置ずれによる測定値の違いについて次に解説します。 表1. 4/29文科省モニタリングの追試結果[μSv/h] モニタリングポイントNo. チーム中川 文科省4月29日 【32】 18.3 19.5 【33】 13.6 13.8 【36】 2.5 2.6 文科省、チーム中川ともに電離箱線量計により、車外で地表から1mの高さ、障害が何もない方向に向けて計測。 測定地点の位置ずれによる測定値の違い 浪江町赤宇木国道399号線上の地点でのモニタリングの映像を示します。この動画では前半が北緯37°37′28.46″東経140°44′36.98″、後半が北緯37°35′34.77″東経140°45′12.85″の地点での1mの高さでのNaIシンチレーターによる観測値のふらつきが収められています。 【浪江町山間部モニタリングの動画】 http://www.youtube.com/watch?v=ytfqphTahA0 ここは山道になっており、前半は、道路の真ん中から谷側に掛けてはあまり変化せず、山側で強い値を示しました。後半は逆に谷側が強い値を示しています。観測値は、道路を横切るだけで、30%程は簡単に変化してしまうことがわかります。(確認のため電離箱線量計による追試も行い、ほぼ同様の結果を得ました) 同位置で同種類の線量計で文科省モニタリング結果を再現する一方、映像で示したように、測る位置を少し変えただけで値が大きくふらつきます。放射線量の経時的な変化を観測する場合には、毎回同じように計測するよう注意が必要です。また、ホットスポット(線量が局所的に高い地点)の探査などを進めていく必要がありそうです。 【幼稚園、小中学校における空間線量測定結果】 南相馬市で調べた幼稚園、小中学校すべてのグラウンドで、1mの高さの空間線量率は1μSv以下の比較的低い値が観測されました。福島県災害対策本部によると幼稚園、小中学校における環境放射線測定モニタリングは、グランドの複数点で、地表から1mの高さと1cmの高さで行われています。以下は4月5-7日分の公表されている結果と比較してください。 http://www.pref.fukushima.jp/j/schoolmonitamatome.pdf さらに私たちは、いくつかの場所について線量測定を実施し、同一学校内において (1)場所による空間線量率にどの程度差が出現するか、(2)測定点での地表からの高さにより線量率がどの程度変わるかを検証しました。 (1)場所による空間線量率にどの程度差が出現するか 南相馬市にある鹿島中学校において観測された、場所による空間線量率の依存性を表2に示します。 【鹿島中学グラウンドモニタリングの動画】 http://www.youtube.com/watch?v=PZormwqJmzU 表2. 4/29南相馬市鹿島中学校の空間線量率測定結果[μSv/h] 場所 空間線量率[μSv/h] 校庭(校舎側) 0.5-0.8 校舎そば(コンクリート) 0.2 鹿島中学校中庭 0.5 鹿島中学校校庭脇の排水溝 1.8 鹿島中学校校舎側(コンクリート)0.2μSvに対し、校庭脇の排水溝では1.8μSvと、高めの放射線測定値が示されました。側溝は雨水がためる場所のため、雨によりグラウンド表面の放射性物質が流され側溝にたまったと推察されます。コンクリートの上では線量が低くなる傾向にありました。土壌表面がセシウムを貯蔵していることがわかります。 グラウンドの内外で測る位置を少し変えただけで値が大きくふらつくという事実は、被ばく量の管理について、特定の環境放射線量のみに頼るべきではないことを示唆します。個人線量計によるモニタリングが必要です。 (2)測定点での地表からの高さにより線量率がどの程度変わるか 公表されている結果を見る限り、測定点の高さでは、放射線量は極端には変わらないという印象を持ちます。これは、ある面では事実ですが、一方で注意しなければいけない点もあります。これを以下に説明します。 ・“ガンマ線※”の寄与 ※ガンマ線とは、エネルギーの高い(=波長の短い)光のことです。 広いグランドにほぼ均一に放射線物質がされていると仮定した場合、“ガンマ線”は透過性が高く、その強度は大気ではあまり弱められないため、測定点の高さによって放射線量は極端には変化しません。放射線の散乱を考えない場合、放射性物質が一様に分布した円盤上(半径100m)から生じる、鉛直方向の距離zの放射線量の近似的な 振る舞いを示すと次のようになります。 ![]() 半径100mの円内に放射性物質が均一に分布している場合の、その中心における地面からの距離(cm)による線量の減衰。高さが変わっても、放射線量にあまり変化がないことがわかります。 ガンマ線のエネルギーを0.6 MeV(減弱係数を0.0009689 cm-1としました) “ベータ線※”の寄与 ※ベータ線とは、エネルギーの高い(=高速の)電子のことです。 今回の訪問で得た結果でも、同一の場所では、30cmの高さ、50cmの高さ、1mの高さで放射線量は大きく変わりませんでした。一方、10cm、1cmになると放射線量が少しずつ高くなります。放射性のヨウ素やセシウムはガンマ線だけでなく、“ベータ線”も放出します。このベータ線はガンマ線より透過性が低く、2mm程度の紙でブロックすることができます。また微量な大気中の分子によっても弱められます。そのため、ベータ線を含めた計測では、地面に近いほどその寄与が大きくなります。 表3. 飯舘村草野地区付近での空間線量率の高さ依存性[μSv] 測定点高さ ベータ線窓開 ベータ線窓閉 100 cm 5~6 5~6 50 cm 9~10 5~6 10 cm 16~17 6~7 ベータ線窓開:ベータ線とガンマ線を計測 ベータ線窓閉:ガンマ線のみ計測 線量計はMKS-05 TERRAを使用 ![]() 放射性ヨウ素やセシウムから生じるベータ線は、2mm程度の厚紙で止めることができます。また、ベータ線は大気中の分子によっても止まるため、1mの高さでは、“ガンマ線”が支配的であり、10cmでは“ベータ線”が支配的となります。実際に、2mm程度の紙を地面に置いて測定すると、10cmでも1mの高さに近い値を示しました。 ベータ線とはエネルギーの高い電子線のことです。電子線は放射線治療でも用いますが、電子線は体内深くまで到達できない性質を持っており、主に体表面の治療に用います。ベータ線では体表面付近のみ被ばくすることになります。(Cs-137から生じるベータ線(1.175MeV)は体表面から2-3mm程度で止まります) 実効線量は等価線量×組織加重係数(皮膚の組織加重係数は0.01)で見積もりますので、ベータ線による被ばくの寄与は、観測量より大分小さくなります。さらに肌の露出を避けていれば、ベータ線の影響をなくすことができます。したがって、外部被ばくを推定する場合、ガンマ線が支配的である1mの高さで計測される環境放射線量を用いるのが最も適切です。 一方で、学校のグランドでは、生徒らが体育や部活動で泥だらけになることは当然想定されなければなりません。土埃により放射性物質を体内に取り込んでしまう内部被ばくの危険性も、一般のケースに比べて高くなることも予想できます。そして、放射線防護の観点では、放射線量を出来うる限り低減させようとする努力は常に必要です。児童生徒のケアに対しては、土壌改良のような対策が求められます。 /////////////////////// 空間線量率結果のまとめ 私たちteam_nakagawaのモニタリング結果は、文科省のデータを良く再現いたしました。空間線量率の測定は、検出器があれば誰でも簡単に行えますが、測定条件が異なれば、当然異なった結果を与えます。ここで示した位置による変化や測定点の高さによる変化はその例でしょう。また、検出器の校正も定期的に行っていなければ、それによる単一のデータだけでは信頼性があるとは言えません。政府や自治体のデータを追試したり、継続して放射線測定を行う場合には、こうした事実をきちんと意識した計測が必要です。文科省や自治体の同一地点・高さでの経時的なモニタリングのデータ測定の積み重ねは、環境放射線量の変化や、原発から新たな放射性物質の放出がないことを確認する上でとても重要です。今後も継続していくこととともに、さらに広範囲に細かいデータ収集を行って欲しいと思います。 一方、測定目的・測定条件の提示や、測定の意図をわかりやすく説明する必要があります。こうした説明の欠如が、地域の皆様の不安や誤解を生む要因となるのではないでしょうか。放射線測定の専門家や学会・団体が、モニタリング活動を積極的に関与(援助)できる体制の早期構築を望みます。 2011年 05月 02日
先月末、チームのメンバー5名(医師3名、物理士2名)で、福島県を訪問しました。福島市、南相馬市などの、幼稚園、小学校、中学校で、校庭などの空間放射線量の測定と土壌の採取を行いました。また、文部科学省のモニターカーによる各地の測定結果が正しいかどうかのダブルチェックも行いました。詳しい測定結果は、順次、ブログで紹介していきます。
飯舘村にも入って、住民の皆さんのお気持ちを伺い、菅野村長と面談もさせて頂きました。東京では見えなかった多くのことに気づかされました。とくに、菅野村長との面談や、特別養護老人ホーム(いいたてホーム)訪問などを通して、現場が直面する問題を知ることができました。今回は、とくに、飯舘村の特別養護老人ホームについて、当チームの見解をご紹介します。 ![]() 福島県飯舘村は、福島第一原発事故の影響で「計画的避難区域」に指定され、5月下旬をめどに避難を求められています。国から村民の避難を求められていることに対して、菅野村長は、「国に対して村民一人ひとりの実情に合った、きめ細かく、柔軟性のある対応」を求めています。 村長との面談に先立って、同村草野地区で、数名の方からもお気持ちを伺いましたが、たとえば、同じ農家でも、家畜がいるかどうかで、避難に対する感覚は違いました。「家畜は家族の一員。避難しても、毎日世話が必要」、「なじみのない土地に行けば、人間も大変だが、牛も大変。出る乳の量も半分になってしまう」といった声が印象的でした。 当方からも、「妊婦、赤ちゃんについては避難することもやむをえないが、放射線積算推定量を見る限り、成人についての発がんリスクは、野菜不足や塩分のとりすぎより低く、極端に恐れる必要はないと思います。それより避難生活などによるストレスなどの方が心配です」などと見解を述べました。 実際、致死性の発がんの危険は、100ミリシーベルトで、最大1.05倍と見積もられますが、これは野菜不足によってがんになりやすくなるリスクとほぼ同程度です。塩分とりすぎは、約200ミリシーベルトの被ばくに相当しますし、運動不足や肥満は、400ミリシーベルト程度の被ばくと同じレベルの発がんリスクです。毎日3合お酒を飲んだり、タバコを吸ったりすれば、発がんのリスクは一気に1.6倍となりますが、放射線被ばくで言えば、2,000ミリシーベルト!に相当します。 菅野村長は、村民に向けたがんの啓発の必要性にも理解を示され、今後、村民向けに、当チームの協力のもと、放射線被ばく問題と健康に関する講演会などを開催し、「村民の不安を軽減したい」と応じてくださいました。 ![]() (放射線被ばく(積算値)がある量を超えた場合、憂慮されるのが「発がん率の増大」です。私たち「東大病院放射線治療チーム」が「がん啓発」のための講演会等のご提案をしたのは、そもそもがんという病気について、いまだ日本では十分に理解されていない、と考えるからです。今回は割愛せざるを得ませんが、「がんの基本的な知識」を身につけることが、がん大国日本では必須だと考えています。機会があれば、このBlogでもご説明したいと思います。) 菅野村長は、また、村民同様に避難を求められている特別養護老人ホームの入居者らについて、「ばらばらに避難して体育館などの避難所で暮らすより、ホーム施設内に留まっていた方が、本人たちにとっていいのではないか」と語ってくださいました。この言葉を受けて、3名の医師で、特別養護老人ホーム「いいたてホーム」を訪問しました。 突然の訪問でしたが、三瓶政美施設長に詳しくご案内、ご説明をいただきました。ホームは、村役場にすぐ隣接していますが、これまで、中央からの政治家やメディアの訪問は皆無だそうです。(4月29日の当チーム訪問時点) ![]() 入居者は、現在107名、定員は入居120名・ショートステイ10名です。職員は定員130のところ現在110名勤務。避難の恐れがなければ、在宅の方も受け入れていけますが、いまのところ受け入れができない状況です。 入居者の平均年齢は約80歳、100歳以上の方もいます。ユニット型のケアを実施しており、ユニット内(10名程度)には家族のような絆ができています。入居者のうち、車イスが60名、寝たきりが30人(経管栄養:15人)で、終末期の利用者も2~3名おられました。震災後も3名が施設内で、家族、看護職員・介護職員に看取られ死亡しています。 胎児、小児の放射線感受性が高いのと反対に、高齢者の場合は、同じ量の放射線被ばくでも、発がんのリスクは高くなりません。被ばくから、発がんまでに多くの場合、10年以上の年月がかかるからです。医師の立場からも、80歳以上の高齢者の避難はナンセンスと言えます。 施設内の放射線量は、どこも1マイクロシーベルト/時以内(鉄筋コンクリート作り)。入居者は屋外には出ることができないため、年間被ばくとしても、10ミリシーベルト以下です。家族といってもよい入居者がばらばらになり、慣れない他の施設へ行って、ストレスを抱えて生活するデメリットは大きく、避難を進めることは“正当化”されないと思います。 施設が存続した場合、施設職員の被ばくが問題になりますが、三瓶所長や相談員の方が、24時間測定した「個人被ばく線量」から推定される年間被ばく量は、7.5~10ミリシーベルト程度で、やはり容認できるレベルです。 住民の個別性を重視した避難を考える上で、象徴的なケースと言えましょう。柔軟な対応を求めたいと思います。
|